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●市の広報誌「ひろしま市民と市政」の中に 「ひろしま漫歩」という連載ものがある。 もう60回を数えるほどだ。 新庄の宮のクスノキ「夫婦楠(めおとぐす)」について載っていた。 見出しには「広島の原風景・夫婦楠と神社の森」とある。 太さ6メートル、高さ30メートル、樹齢500年前後という見事な巨樹だ。 境内には様々な樹木が茂り、「社叢」−「神社の森」が作られているのだ。 原爆によりこれほどの規模の森はほとんどなくなったという。 この社叢は市を代表する巨樹群のひとつとして、 かつての太田川デルタの自然植生を今に伝えるものとして貴重なものだ。 昭和29年に県指定天然記念物に指定されている。 ●ブログを始めて、花や木、森などに興味関心が広がった。 他の人の文章を読むことにより知識は次第に増えていき、 さらに関心が増加するという好循環だ。 Winterさんの記事が大いに参考になった。 最初はなかなか理解できなかったのだから、 学ぶと言うことは、不思議なものだ。 「社叢」「神社の森」「鎮守の森」などという言葉も改めて知ったようなことだ。 いつかこの「新庄の宮の巨樹」を見に行ってみようと思う。
近辺の方で興味のある方も是非に。 国道54号線、大芝付近で、太田川デルタの北端にある。 |
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「社叢」と言う言葉は耳慣れていませんねえ。「杜」はよく遣います。近所に地元の偉人を祭った塚があるのです。そこはもう神社のようになっており「……の杜」と呼んでいるので。
2007/4/17(火) 午後 9:15
東北では仙台が「杜の都」と呼ばれているのではなったですか?「杜」も 「森」の標記上の違いでしかないのでしょうが、「杜」ほうが何かしら味わい深さがあっていいですね。確かに社叢はほとんど聞いたことがありませんでしたね。
2007/4/17(火) 午後 9:43
最近子供を抱っこするのに忙しくて新規投稿が滞っているwinterです。神社を表す「杜」は「森」ともともと同義語だったようです。自然界の森羅万象に神が宿っているという日本の自然観は素晴らしいものでしたね。そうした自然つまり神と人間の関わり方は北欧やアイルランドなどの自然感とよく似ていますが、なぜか日本人だけは大切な何かを忘却してしまったようです。自然を征服することに快適性を求めるのではなく、豊かな自然の中でひっそりと暮らしたいと願っています。
2007/4/20(金) 午後 8:34 [ boeing787 ]
家庭生活に浸かり、幸せを味わっているwinterさんですね。自然界のあらゆるものに神が宿ると言う畏怖の念は、いい意味での自然を敬う姿勢の現れでしょう。その意味では現代は自然を侮っているとしかいえませんね。道端にある石にも道祖神が宿っているのですから、ロマンがありますよね。
2007/4/20(金) 午後 10:38
大芝付近にあるのですか、よく通っていましたが、知りませんでした。機会があれば是非、寄って見たいと思います。巨樹を見るのは大好きです。まるで恐竜を見ている気分になります。
2007/4/23(月) 午後 11:18
ルン花さんも巨樹がお好きなのですね。この近くを通っていたのですか!私もいつか是非行ってみます。
2007/4/24(火) 午前 6:57