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4日間の秋休みが終わって学校に出てみると、 西端にある我が教室が何か明るい。 どこか何かが違うのだ。 何で今頃・・・・?それも突然に・・・?。 かつて6年間こんなことはなかったのだ。 別クラスの先生が嘆いていた。 「写生の途中だったのに、景色が全く変わってしまった!!」と。 どうしたことなのかと不思議に思って、 ちょうどそこを歩いていた我が校の業務員に聞いたら、 「どうも木の枝が伸びすぎて電線にかかりすぎなので、NTTが切ったらしいよ。」と言う。 光ケーブルなどの線も多く、 このような事例では地権者に断りなく木を切れると言う。 隣の家の木の枝でも自分の家の中に侵入すれば切っていいことになっている。 (これについては夫からテェックが入った。法律的には切ったらいけないのだ。 切るように話をするしかないのだ。) ましてやこの場合は、重要な電線に引っかかって切れでもしたら大変なことになるのだ。 しかしあえて言えば、電線は後から付いた物。
自然を邪魔にしたことにはなっていないだろうか? 禿山にしたのではないけれど、それに明るくなってよかったのだけれども・・・ 自然と文明について、少しだけれど考えさせられた。 |
森林・自然・植物・環境問題
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木を切る、切らなってことは自然にとっては重要なことなんですよね。でも、人優先ですからしかたのないことですね。
2007/10/11(木) 午前 6:00 [ hot*t*no*eko ]
nekoさん、木の伐採については色々と深い問題があるようです。
隣家との問題発生にもなることがあるようです。
自然と文明と言う観点から言えば、確かに人間優先になっているのでしょう。災害に繋がらないことも重要ですからね。
2007/10/11(木) 午後 7:44
ちょっとご無沙汰していました。近代の土地所有概念では山や庭の木が所有者の物ということになっていて、生やすも切るも所有者の裁量です。でもよく考えてみれば、土地の所有概念が始まったのが明治以降のことであり、それ以前から成立している森林や樹齢から見て江戸時代からあるような樹木でさえも現在の地主の所有物としてしまってよいのでしょうか? 樹木の側から見たら人間の所有というのは後付けのお話ですよね。などと僕も普段から疑問に感じています。
2007/10/13(土) 午後 6:13 [ boeing787 ]
なるほどなるほど、winterさん。木の伐採は所有者の裁量なんですね。
この場合はその所有者を無視してまで伐採できると言う例ですが、本当に所有者に断りなく切ったのかどうかは定かではないのですが、特例として電線にかかると切っていいというのがあるようですよ。
2007/10/13(土) 午後 7:45