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漫画家の赤塚不二夫さんが亡くなって 東京中野の宝仙寺で葬儀が行われた。 タモリさんが弔辞を読んでいる様子をテレビでやっていた。 実は、このお寺を知っている。 一見普通のお寺なのだが、 芸能人や著名人がよく利用するお寺なのだ。 今から何年か前に、 我が家の娘がすぐ近くに住んでいたので、 この中野には私も何度か行ったことがある。 初めての東京生活で住居選びがうまくいかず 西向きの日当たりの悪い家だった。 体調も優れず、1年で引っ越した家で あまり良い思い出はないのだが・・・。 その時、その宝仙寺のことが話題になったことがある。 「何であんなに有名な人たちの葬儀があるお寺なんだろう・・・?」と。 ただそれだけの、別に何ともない話題でしたが・・・・・・。
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旅・東京・関東地方
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赤塚氏、旧満州生まれ、戦後新潟で看板店で苦労、絵描きの夢捨て難く上京、その後の漫画などが嘗ての辛酸をなめた苦労が基礎となっているとか! 一時代をなした人物ではありましょうか?
2008/8/9(土) 午前 5:49
kanbaiさん、赤塚さんは新潟で働いていたのですか!
時代に大きな影響を与えた漫画家ですよね。タモリさんにもとっても影響力あった人のようです。
2008/8/9(土) 午前 6:16
眠れなくてバカボンのパパが羊を数えていました。でも何万匹まで数えても眠れなくて困っていたら羊を見つけました。その羊もまたやはり眠れなくて困っていました。その間試行錯誤しながらもやはり眠れない1人と1匹。バカボンのパパが腹が減って眠れなくなってきた!といった後、ふと思いつきました。自分も眠れて羊も眠ることができる方法。。。。。。。
そしてバカボンのパパは"1人”ゆっくり満腹になり眠ることが出来て羊も永眠することが出来ました。これでいいのだ。
こんな話がありました。
とてもシュールです。ただそれだけの話なんですが^^;
これをみたとき私はかなり衝撃を受けました。
2008/8/10(日) 午前 11:41
おちゃるさん、これはマンガになっているストーリーなんですか?
確かにブラックユーモアのような、何とももいえないような内容ですね。
私は赤塚不二夫さんの作品で育った世代ですが、残念ながらあまり読んだり見たりしていないんです。マンガは悪という家庭で育ちましたから・・?!!
2008/8/10(日) 午後 0:27
私の家でも漫画の本は一冊も無かったので、漫画には縁遠いのですが
赤塚不二夫さんの名前は知っていました。
タモリさんの弔辞で、紙は持っていましたが文字は何も書いてなかったそうですね。テレビに出られるようになったのは
赤塚不二夫さんのお陰とか〜〜
2008/8/10(日) 午後 0:42
シルクさん、昔は今ほどマンガが市民権を得ていませんでしたからね。時代は変わりました。現代ではマンガでもかなりの思想性のある物がありますよね。
タモリさんの弔辞は随分評判になっているようですね。真実とすれば役者ですね〜。
2008/8/10(日) 午後 1:20
マンガです。マンガの歴史かなんかで赤塚先生のことをやっていたときの中で出てきました。考えさせられる話だと・・・
そういった楽しいだけではないメッセージ性のあるものや政治的なものを感じさせるマンガを描いていましたと紹介されていました。
2008/8/10(日) 午後 5:35
おちゃるさん、なるほどね〜。メッセージ性ですか!
そうですね、最近はそんなマンガも多いですよね。私の時代はマンガをかなり軽視していたように思います。
2008/8/10(日) 午後 7:15