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ドライブ途中に見つけたもの。 広島県と山口県は小瀬川で県境になっている。 広島県の大竹市には「木野(この)」という地名があるので 広島県側では「木野川」とも呼んでいる。 その県境・川のそばにあった記念碑と説明板だ。 1枚目は、「旧山陽道」の説明板。 歴史的には古く、始まりは奈良時代というからとてつもなく昔のことだ。 2枚目は江戸安政の「吉田松陰の句」だ。 3枚目はその説明板だ。 「夢路にもかへらぬ関を打ち越えて 今をかぎりと渡る小瀬川」とある。 安政といえば5年に家定の死、7年に桜田門外の変があった時代だ。 吉田松陰は安政6年に亡くなっている。 山口県との別れに際して作った句だ。 この句を山口県出身の首相・岸信介が書いている。 4枚目は当時の「小瀬川渡り場跡」
こちらが山口県だ。 広島県側にはその説明板があるらしいが、今回は見逃してしまった。 |
広島県大竹市(山口県岩国市も)
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当たり前のことかもしれませんが、県境ってやっぱり川が多いんですかね?関東でも県境を意識してみて見ますね。
2008/8/17(日) 午前 10:05
ぱぱりんさん、川を隔てて境にすれば分かりやすくて便利この上ないですよね。でも、洪水で川の流れが変わってしまうと困ったものかもしれません。
関東の県境報告を楽しみにしています。
2008/8/17(日) 午前 10:16
吉田松陰と言うと討幕志士たちのカリスマですね!
最近勉強したばかりなので名前を聞いただけでワクワクします。
安政の大獄で処刑された時はまだ30歳になっていなかったそうですね。
2008/8/17(日) 午後 10:53
県境は殆ど川が境界になっていますね。吉田松蔭ですか?若くして斃れたのですよね! もし処刑されていなかったら歴史が変わっていたかも?
2008/8/18(月) 午前 2:51
るはなさんは今幕末の本に目覚めているのでしたよね。
これも「篤姫」効果でしょうか!!
吉田松陰は山口県・萩の人で、この人についても勉強すればいくらでも話は尽きないでしょう。30歳で亡くなったんですよね。萩には松陰神社や松下村塾などもあります。
2008/8/18(月) 午前 7:54
kanbaiさん、県境はほとんどが川になっているのですか!実際のところ正確にはどんなものか調べてみると面白いでしょうね。
吉田松陰についても勉強してみたいですね。以前は何度か萩見物をしているのですが。
2008/8/18(月) 午前 7:57