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■■以下の文章は<昨年>の私の記事だ。阪神大震災に際してこんな記事を書いている。 今日は阪神大震災から13年たった日だ。平成7年のことだ。 学校でも道徳の授業を使って毎年この時期に震災のことを学習する。 個人的には、淡路島の断層跡を見たこともある。 今年は、我がクラスについてくれる指導員が 当時大阪在住で神戸の学校に通っていたと言うことで、 体験者ならでの話をしてもらった。 学校の友人も亡くなったといい、真に迫った話になった。 突然コメントを述べてもらっただけに過ぎず、準備不足であったが、 もっと本格的に組み立てたなら、効果的な授業になっただろう。 聞いている生徒はといえば、平成5・6年生まれの子供たちで、 12月の末に生まれた1年生の生徒は、生後半月後の出来事になるのだ。 話してもぴんと来ないらしく、うなずいて聞くのは大人である私のほうだ。 広島の地ですら震度3であった。起きようと思っていた時にぐらっと来た。 しばらくは動けず、もっと大きくなれば逃げなければとおろおろしたのを覚えている。 しかし、13年の年月は早いものだ。 次第に風化する現状に対して、 あの体験を無駄にすることなく、今後も継承していく必要性を思った。 ■昨日はブログ仲間の<raira>さんの記事を読んだ。 そして職場の同僚が「毎年この日の同時刻は黙祷をする。」と言っているのを聞いた。 今日の新聞朝刊を見ても32面にもう小さく載っているだけだ。 「災害は忘れた頃にやってくる」などという言葉で簡単にくくることの出来ないものだ。 直接体験はないが、なぜか毎年いつも深く考えさせられる出来事である。 ▲写真の花はドライブ途中の道の駅で見つけたもの。
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政治・経済・事件事故
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またあの日、あの時間が過ぎました。
毎年報道される時間が短くなることに
仕方のないことかと心が痛みました。
あの地震を知ってる人達が語り広げていかないと
いけないことを今朝また実感しました。
2009/1/17(土) 午前 7:05
rairaさん、今朝はお祈りをされましたか?
いつまでも風化してはいけないものですね。
ましてや直接関わりのある人にとっては、決して忘れられないものでしょうね。
2009/1/17(土) 午前 7:10
遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
ぼくは、震災から1年半ほど後に伊丹に転勤となりました。
その頃は神戸は力強く復興の最中で、震災の傷跡はかなり薄らいだ感はありましたが。。。被災された方々の胸中は察するに余りあります。
2009/1/18(日) 午前 0:05
ぱぱりんさん、あれ!今年初めてでしたっけ!!
明けましておめでとうございます。
神戸は震災直後は行っていませんが、長いこと屋根にブルーシートが覆われているのが新幹線から見えたのを思い出します。
1年半後でもまだまだ大変な時期だったのでしょうね。
2009/1/18(日) 午前 10:50
当時、関西にはメール友達が数人おりましたから
その悲惨さを聞いたことがあります。
今では年賀状のやり取りをするくらいになってしまましたが…
2009/1/18(日) 午後 10:02
るはなさん、関西にはメール友達がいらしたのですか!
こんな時はどう言葉をかけていいか迷いますよね。
それにしても14年も前にもうメールをしていたのですか!それが驚きです。
2009/1/19(月) 午前 6:10