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昨日は久しぶりに実家の父のところに行った。 年末に大掃除に行ってから、年始にはとうとう行かずじまいで気になっていたのだ。 行ける時に行かなければと意を決して出かけた。 娘を送って、その後車で出かけた。 まずは一番に母の仏壇へ。 その後、灯油や食料品の買い物と、墓参りにも出かけた。 去年は母の7回忌もすませたというのに、 いまだに思い出すと目に涙が滲む・・・・。 身近な存在の死は、いつまでも忘れることは出来ないものだ。 用事が済んだらその後少しドライブをする。 車がない父は、こうして車でちょっと走るのが好きだ。 広島県と山口県境まで行った。 ここには「旧山陽道跡」の看板と、「吉田松陰」にまつわる碑がある。 吉田松陰は、県境のこの地で山口県との別れを歌に詠んでいる。 県境は「小瀬川」で分かれているのだ。 安政6年(1859年)のことである。 あの<安政の大獄>で処罰されるために江戸送りになった途中でここを通過したのだ。 安政の大獄では、100人以上の処罰者が出たが、 この吉田松陰は最後の処刑者になったといいわれる人物だ。 話の内容が変わるので、ここで一旦中断して次へ続く・・・。 |
広島県大竹市(山口県岩国市も)
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苦手な幕末ではありますが、吉田松陰はさすがに分かります。
こちらからだと山口って本州の果てと言った感じなんですけど
広島からはすぐなんですもんねえ。
2010/1/22(金) 午後 9:28
るはなさん、幕末は苦手でしたね。
このところの大河の影響で、私は最近好きになりました。
山口県は縁がないでしょうね。
私の住んでいる所も、実家も広島県でも西ですからね。
東隣の岡山にはほとんど縁はないですが、山口県は馴染み深いです。
2010/1/23(土) 午後 0:13