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昨日のテレビのニュースの特集を見ていたら、
「京大原爆災害調査班遭難記念碑」の事をやっていた。
前にこの碑の事を記事に書いたことがあるので、思わず見入ってしまった。
昨日は9月17日。
昭和20年9月の枕崎台風は広島県にかなり大きな被害をもたらした。
その17日、この広島県廿日市市(旧・大野町)にあった大野陸軍病院は大規模な土石流に見舞われた。ここには原爆で被災した人達が収容されていて、京都大学からこの病院へ医師たちが派遣されていたのだ。
医療従事者・治療中の被爆者・調査班員など156名が犠牲になったのだ。
戦争中に松根油製造の松ヤニ採取のために松の木を根まで掘り返したためとも言われる。
気象情報も少なく、防災体制不備なども原因とされる。
戦後も65年、原爆の風化も言われて久しいが、原爆投下1ヵ月後に広島市から少し離れた安芸の宮島の対岸付近で、このような出来事があったとは・・・。
この場所を1度訪れたこともあるし、すぐ近くの宮浜温泉にはしょっちゅう行っている。
戦争の被害は、形を変えてこのようなものをもたらしたのだ。
京大の関係者は、この事実を風化させることを懸念して、
記念碑の建立や慰霊祭を開いているらしい。
歴史的事実を疎かにせず、いつまでも忘れないということは、
今日に活かせる方法でもある。
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原爆の被害や、戦争の被害は風化させないで、
この歴史的事実を疎かにせず後世に伝えたいですね。
再び戦争を起こさないように肝に銘ずるべきでしょうね。
2010/9/18(土) 午前 9:22
みーさん、このような形の大きな意味での戦争の被害と言うものもあるのですね。まあ、その時代の災害でもあるわけですが・・。
今と違って気象情報もない時代ですから。
2010/9/18(土) 午後 1:04
原爆被害だけでなく自然災害でも甚大な被害を受けているんですね。
こうして平和に暮らしていると忘れがちと言うか
その前に知らないことが多いです。
2010/9/18(土) 午後 8:49
るはなさん、原爆後の自然災害ですね。原爆被害者が多く亡くなっています。
こちらでも案外知らない事実なんですね。最近でこそ土石流は知られていますが、当時はどのような状況かも分からなかったと生存者が述べていました。
2010/9/19(日) 午前 7:54