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この人については、まだまだあまり知られていないのだ。「広島の恩人」を忘れてはならない。
忘れるどころか、まだあまり知られていないのだからもっともっと周知徹底をして
その労に報いるべきだ。
◆話は少し変わるが、トルコは明治時代に日本から受けた救難支援に対して今もその恩を忘れていないと聞く。
エルトゥールル号遭難事件(エルトゥールルごうそうなんじけん)とは、1890年(明治23年)9月16日夜半、
オスマン帝国(その一部は現在のトルコ)の軍艦エルトゥールル号(Ertuğrul Fırkateyni)が
現在の和歌山県串本沖にある、紀伊大島の樫野埼東方海上で遭難し500名以上の犠牲者を出した事件である。
この事件は、日本とトルコの友好関係の始まりと考えられている。
現在、和歌山県串本町の樫野崎灯台そばにはエルトゥールル号殉難将士慰霊碑およびトルコ記念館が建つ。また、町と在日本トルコ大使館の共催による慰霊祭も5年ごとに行われている。◆
博士は1904年生まれで1961年に亡くなっている。もう死後50年以上が経過しているのだ。
戦争という状況の中にあって、常に人間を一番に考えた人だと言える。
そこには「愛と勇気」があり、それは「善意の連鎖」につながると考えていたという。
恩には報いなければならないのだ。それには何をすべきか。
まずはその生きざまを知ることから始めたい。
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