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公民館で黒柳朝さんの本を見つけた。黒柳徹子さんが聞き手で、母と娘の対談だ。
「チョッちゃんは、もうじき100歳」主婦と生活社・2006年9月初版
GWに東京の自由が丘で黒柳徹子さんが通った学校「トモエ学園跡」を訪ねたことから、
身近な感じがして読んでみたくなったのだ。
この対談時、朝さんは95歳。徹子さんの質問に応えて、自らの生涯を振り返ったのだ。
朝さんは、1910年北海道滝川市生まれ。
もちろんトモエ学園も出てくる。徹子さんは集団の和を乱すといって小学校1年生で「退学」させられたため、朝さんが娘のために見つけてきた学校だ。
古い電車を校舎にした学校で、独自の教育法で徹子さんにはぴったりの学校となった。
詳しいことは以前「窓際のトットちゃん」で読んだが、詳細はもう忘れてしまった。
朝さんは音楽学校で声楽をやっていて、アルバイトのコーラスでNHK交響楽団で歌った時に
後に夫となる黒柳守綱に見染められたという。朝さん本人は「略奪された」と言っている。
夫はヴァイオリニストで、21歳でNHK交響楽団のコンサートマスターだった。
家庭大好きの真面目な夫だったという。
▲美男美女カップルだ。(本より)
戦争、夫の出征、長男の死、疎開・・・どこに行っても明るく前向きに生きる朝さんだった。
戦後、夫49歳、朝さん47歳の時に4人目の子供が生まれる。(亡くなった長男を入れると5人目)
徹子さんの子供と言っても良いほど年の離れた子の誕生だ。男2人女2人の親になった。
朝さんの母親はお嬢さん育ちで家事も出来なかったが、クリスチャンでいつも祈っているような優しい人だった。そんな母親の影響もうけている。朝さんも同じくクリスチャンだ。
徹子さんは1971年から1年間ニューヨークに行った。15年間仕事をして1年間の休みを取ったのだ。
朝さんは60歳を過ぎた頃、子供たちに独立して欲しくて、夫婦で鎌倉に引っ越す。
金婚式記念に徹子が贈った50万円でアメリカ旅行に行った。その後夫は心筋梗塞で亡くなる。
71歳で初めて社会人になり、「チョちゃんが行くわよ」がベストセラーになり、
1987年にNHKの朝ドラになる。講演でアメリカに行ったりすることもあった。
その後、80歳近くなってアメリカにも住んでいる。
子供たちもみな外国で学んでいるのに、自分もそうしてみたくなったのだ。
英語がもっと上手く話せるようになりたかったからだと言う。その後帰国した。
徹子さんがユニセフの仕事で頑張っているのを見て、その姿勢に触発されて
自分も日本で外国の世話をしたいと思うようになったのだ。
この本が出たのが2006年の9月11日。その少し前のお盆の最後の日に眠るように亡くなったのだ。
本もほとんど出来あがっていた頃だった。95歳だった。
本の最後に徹子さんが「インタービューを始めた時にはこんなあとがきは想像もしていなかった・・・」
と書いている。(2006年8月28日)
元気で長生きをした母親と同じように、徹子さんは現在79歳で元気に活躍中である。
長寿番組「徹子の部屋」は今年で38周年になる。「50周年までやりたい」と言う。
子どもは親に似る。明るく元気で前向きな母と娘だ。元気を貰える本だった。
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