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地元の文化祭の催し物を取材して記事にしたものが、10月末の新聞の夕刊に掲載された。
今から90年ほども昔に当地でも土砂災害があったのだ。そのことについての記事だ。
10月〜11月には各地で様々な催しが行われたが、これもそれらの一つ。
以前は「公民館祭り」という名前だったが、今は広く様々な団体が係わる祭りだ。
退職後に始めたタウンリポーターの記事の掲載もこれで21回目となった。まさに継続は力なりだ。
これは新聞掲載前の元の文章。
◆10月25日(土)と26日(日)に、公民館と小学校を会場にして
「第35回○○ふれあいフェスティバル」が行われた。
舞台発表、展示、体験コーナー(手話、お茶席、グランドゴルフ)、バザーなどがあった。
○○学区自主防災連合会が
「歴史に学ぶ災害に強いまちづくり〜歴史の教訓を生かしましょう〜」というテーマで
<大正15年9月11日未曾有の大驟雨による村内の惨状>のパネル展示をしていた。
当時の村長の家の蔵に保管されていた数々の資料を借り受けたものだ。
惨状写真と現在との比較、「○○村大水害児童の感想文集」、災害状況の地図などがあった。
地区内にある「水害碑」の記録によると
「大雨により山林数百ヶ所が崩落し、岩石土砂樹木が村内に流れ来た。
川も濁流と化し家の軒下まで達した。橋は落ち、人家に洪水が漂った。
死者4人、人家の流失破壊63戸、小屋などの破壊や流失52棟、道路の決壊埋没、
耕地や河川埋没、堤防・川岸の決壊、村内の橋はすべて不通、家畜など数百頭が死んだ。
当時の○○村の年間会計が22800円の時に、被害損害額は50万円だった」とある。
自主防災連合会の○○○S○さん(70)ら役員は親世代などから聞いた当時の様子を説明していた。
展示を鑑賞した町内に住む○○○A子さん(70)は
「90年ほど前に当地でもこのような大水害があったことに驚く。
この夏には広島で大規模土砂災害があり、災害はいつどこでも起こりうることを実感した。
災害に備えて、物心両面の準備が大切だと強く感じた」
と語った。◆
■私はこれまで平素見ている「水害碑」をただの洪水による被害の碑だと思っていたが、
この度の展示で、土砂災害もあったのだということを知ったのだ。
8月の広島市安佐南区・安佐北区の大規模土砂災害を見た結果、より一層身近に感じたのだ。
災害はいつ何時起こるか分からないということを実感した。
■昨日のNHKローカルテレビ番組「お好みワイドひろしま」を見ていると、
同じ大正15年9月11日の大雨被害はかなりだったことが分かった。
当地からかなり離れた広島市安芸区畑賀でも甚大な被害があり、
やはり同じような水害碑が小学校の敷地内に建てられていた。
昔のことを忘れず、今の時代への教訓として活かしたいという思いから建てられたようだ。
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タウンリポート・モニター・投稿文
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