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地元新聞の「タウンリポーター発」に私の記事が掲載された。
2010年から始めたこの仕事、退職後の生きがいにでもという軽い気持ちだったが、
やれば楽しいが、苦労もある。それでも止められないのは、性に合っているからか。
これまで54回地元を歩きその取材をして記事を書いて、35回掲載された。
朝刊掲載の頃は、不定期コーナーでめったにその記事の登場はなかったが、
そのうち夕刊では定期的な掲載の場が出来てその機会は増えたが、朝刊ほどの反響はない。
今は夕刊もなくなって、朝刊と同時に配られる「第2の朝刊・セレクト」が舞台だ。
今回の取材当日は、ちょうど忙しい頃で参加しようかどうか迷ったが、
その催しの講師からたっての願いで誘われて出かけたものだ。
◆○○公民館主催の歴史講座「歩いて学ぼう○○〜お散歩コース〜」が行われた。
9月30日にあった○○エリアに同行した。
地元在住の歴史研究家の田○○○さん(81)の案内で各所を歩いた。
秋雨前線が停滞する中、雨はどうにか降らずに、午前中2時間で7カ所を巡った。
地元の菩提寺として祀られている「正光寺」は、小学校が出来るまでは寺子屋として
使われていた。隣接する「○○小学校」内には忠魂碑や戦勝記念碑が建っている。
大正15年9月深夜に発生した大洪水で、○○は大きな被害を被った。
その様子が詳しく刻まれた「水害碑」が川べりに立っている。
地元で唯一の鎮守の氏神様である「○○谷神社」は、5世紀前半に出来たであろうと
推察される。 朝鮮遠征の際に、神后皇后がこの地に船で立ち寄り休憩をしたとされる「金○神社」からは、
この一帯が海面であったことを知った。
以前は高尾山の山頂にあった「岩○寺」は、昭和44年に現在地に移築された。
最後に樫の木をご神体とした「矢○山神社」を見た。かつては矢○山城があったが、
平成に入って墓苑が出来た時、山頂の1本だけ残してご神木とし
矢○山城史跡の一部として保存されている。
参加者18名は、田○講師の詳細な説明にうなずいていた。
隣町から参加した主婦の小○○子さん(68)は「いつもバスで通過するだけの町を、
足で巡ることで新しい発見や感動があった」と笑顔で話していた。
10月28日には、健脚コースとして、高尾山の自然観察と歴史学習を予定している。
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タウンリポート・モニター・投稿文
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こうしてみると、広島は歴史がある街なんですね
僕の住むところは精々戦国時代頃までしか歴史が無いので^^;
こうやって地域のことを知れるのは良いですよね
2016/10/20(木) 午後 1:39
> てんぱさん
広島は三角洲の街ですが、それより北の部分からは今でも弥生時代の土器などが出るんですよ。
住宅造成や学校グランド造成地から弥生土器や古墳が出て、建設が中止になったりすることがありました。
そちらは、戦国時代までしか歴史がないのですか?
地域のことを学べば面白いですよ。
2016/10/20(木) 午後 7:55