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「父と戦争」新聞掲載投稿記事(詳細は次の記事で)
新聞記事は字数制限のためかなり文章が変えられている。
以下は、原稿段階の元の文章。
◆◆1月20日こだま欄の「父の軍歴」という投稿記事で、
今「軍歴証明書」の発行申請が増えているとあった。
それなら私も知りたいものだと調べてみたら、
旧陸軍の広島県保管分は県庁で交付閲覧ができるが、
旧海軍の場合は厚生労働省で行うとあり、
一気に意欲が減退した。
そのことを父に話すと
「自分の軍歴なら本に載っている」と言い、
「郷土に薫る人々」という本を出してきた。
地方行政調査会が監修、国政情報センターが
昭和56年9月に発行しているもの。
かなり分厚い本で何万円もしたとか。
発行の数年前に関係者が来て、話を聞いて帰ったという。
父の頁を読むと知らないことばかり。時折断片的な話は聞いていたが、
じっくりと聞くこともなく、正直なところあまり関心もなかった。
父は「誰も興味を持ってくれないので話すこともなかった」と寂しげに言う。
昭和16年呉海兵団入団、海軍通信学校で学ぶ。潜水軍艦「長鯨」で南方作戦参加のため
佐世保港を出港。大東亜戦争開戦を迎え、マレー作戦に参加。フィリピン、ミンダナオ島、
ダバオ湾などに出撃、ジャワ作戦、セレベス作戦参加、17年4月呉に帰還。瀬戸内海の警備。
その後シンガポール、スマトラ島に配属、終戦を迎える。
20年12月まで捕虜として在留、マレー半島に移り、21年8月に浦賀に上陸、復員。
この時26歳。5年の軍歴である。10月に勲8等瑞宝章受章。
この瑞宝章はタンスの奥に保管していた。父は「大したものではないから」と言うが、
私は応接間の壁に貼り出した。人の目に触れてこそ価値がある。
子供の自分ですらなかなか関心が持てない戦争は今ではもう遠い過去のものになっている。
父は現在96歳。現存中にその話にたどり着いただけでも良かった。
戦争体験者は減る一方。同じ海軍出身者で同世代でもあった阿川弘之さんも鬼籍に入った。
これからも父に折に触れ話を聞こうと思う。◆◆
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タウンリポート・モニター・投稿文
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是非父上のお話を聞いてくださいませ、私の父は陸軍でビルマに出征し
傷痍軍人として帰還しましたが、戦地での話は聞いたことがありません。
話したがらない・・・と思っていましたが、そうではなくこちらが聞かなかったから?
と思うようになりました、今はもう聞きたくても話が通じない世界に旅立っています。
2017/4/8(土) 午前 10:02
> イクジーさん
生きているうちに話を聞くことが大切ですね。
「今時の人間は、専門的に研究している人以外は誰も話を聞きたがらない」と父は言います。
時たま学生などが卒論で取り上げて、話を聞きに来ることがあったのです。
身内だからと言って興味津津と聞くこともあまりないものです。
原爆の語り部なども同じでしょう。
2017/4/8(土) 午後 0:24