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慌ただしかったこの1か月。
7月末の一時期は退院の話まで出ていた義父だが、その後急激に弱っていった。
8月には、ドイツの2番目の孫息子の1歳の誕生日もあり、夫の誕生日もあった。
連日暑さが続き、36.6度という酷暑も何度かあった。
ドイツの長女はお祖父ちゃん子でもあり、帰国したがったが、
帰国後のドイツに戻る飛行機便が取りにくく、もうすぐ孫(長男)の小学校入学も控えており、
帰国は難しかった。今年は5月に帰省しており、
その時がこの世での最後のお別れになるかもという思いは多少はあったかもしれない。
長女からは電報も届き、棺に入れる手紙も届いたので、義父には伝わっただろう。
次女は、平素は帰省の時間がなかなか取れないが、今回ばかりは急ぎ1度帰って来た。
話は出来なかったが、目や耳は機能しているようで、話しかければ目で頷いてくれた。
2番目の孫である次女のことは認識できたのだろうと思う。
次女は3泊4日を目いっぱいお祖父ちゃんに会い、後ろ髪を引かれる思いで戻っていった。
その後1週間もしないうちにお祖父ちゃんは亡くなり、
またしても急ぎ帰ってきたが、今回はもう話は出来ない。
臨終には間に合わなかったが、通夜、葬儀、火葬、骨上げまですべて立ち会うことが出来た。
今回も3泊4日滞在し、すべてを終え戻っていった。
今日は亡き義父の入院からちょうど1か月目の日。
長く元気でいたのに、最期は年なりに弱っていって病院のお世話にもなった。
でも、入院の1か月前までは自宅で過ごせたのだから、大したものだ。
さらにその少し前までは、2階の寝室まで毎日自力で上がっていたのだから、恐れ入る。
自分の老後を考えると到底真似が出来そうにない。
人間の寿命というものは、多少の長短はあるにしても別れはいつかは誰にでも訪れるものだ。
終末期の迎え方についても深く考えさせられた。
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家族や自分・家の事
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