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◆パソコンの文書を整理していたら、
以前タウンリポーターに投稿したが掲載されなかった記事が出てきた。
昨年の7月のことで、今さらとも思ったが、
ボツになったにしろ記録としてとどめることも意味があると考えて今回ブログに載せることにした。
「広島藩の神機隊」についてだ。しかし、内容的にはやや難しいものではある。
「東区福田公民館主催の〜広島藩<神機隊>を探る〜歴史講座が
同公民館で2017年7月1日にあった。
講師は東区在住の郷土史家の田辺良平(82)さん。福田公民館図書ボランティアが共催。
歴史に興味関心のある30人が参加し、あまり馴染みのない「神機隊」についての話を聞いた。
神機隊は幕末から明治維新の動乱期に結成された広島藩の民間有志部隊。
長州征伐や戊辰戦争などで活躍した「奇兵隊」に倣って編成されたもので、
藩内の有力武士も加わっていた。
戊辰戦争に出征し東北各地で政府軍の先鋒隊としての参戦し奮闘した。
さらに1877年(明治10年)の西南戦争でも活躍するが、その時の大隊長は
陸軍中尉の加藤種之助だ。
17歳年下の弟加藤友三郎は広島県初の総理大臣として知られる。
戊辰戦争や西南戦争での功績により二葉の里明星院に加藤種之助の墓碑が建立された。
西南戦争では神機隊を含む旧兵を集めて部隊を編成した広島鎮台兵300人が亡くなり、
その忠誠により二葉の里の広島東照宮境内に忠魂碑が建てられたが、
原爆により倒壊し、東照宮前の東練兵場の土中に埋められた。
その後、三滝町、湯来町へと移され、今年が西南戦争終結140年となることから、
元の東照宮に復元されることになり10月に除幕の予定である。
幕末から明治維新にかけての神機隊の存在、戊申戦争、西南戦争へのかかわり、
その後の軍都としての広島の歩みなどを学んだ。
町内に住む●●●二さん(73)は
「知らなかったことが多くて、話を聞いて興味深く面白い内容だった」と話した。
福田公民館では歴史セミナーの夏編として13日に「福田のあゆみ」、
秋編は「史跡巡り」を予定している。」
▲この記事の関連写真は整理した時に削除したらしく全く残っていないので、
ネットで探したら、このようなものがあったのでお借りして載せてみた。
◆以下は、記事とは関係ない写真でお茶を濁すことにする。
▼梅の花。
▼我が家の庭によくやって来る小鳥。何という種類の鳥なのだろうか。
ブロ友さんのアドバイスでは「メジロ」ではないかと指摘された。
鳥の名前や種類には疎い私だが、鳥も名前を覚えれば面白いのだろう。
▼映画「人生フルーツ」や本に触発されて庭仕事への意欲が増すが、
<津端夫妻は庭に6個のコンポストを置き、2人分の生ごみを毎日処理して、
ひと月で満杯になる。5ケ月熟すと真っ黒な堆肥になるという。
「1月いっぱい/6月おたのしみ」という名札を付けている。
生ごみにプラスするのが落ち葉。
30キロ入りのコメ袋に落ち葉を入れて、家だけでは足りず公園からも落ち葉拾いをして
年々記録を更新して、1年でとうとう220袋も集めて、たい肥作りに使ったという。>
コンポストはかなり前に私も使ったことがあるが、
手入れが出来ずに夫が嫌がったので止めた経緯がある。
コンポストも買えばかなりの金額がする。今はもうお金をかけたくないので、
発泡スチロールの箱を有効利用して真似事をしてみた。
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