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●今日は平和学習で、平和記念資料館に行った。 平和学習と言えば、8月6日に合わせて7月におこなったが、 この時期に行うことは珍しい。 実は、今日は午後から<演劇鑑賞>があるため、 午前中に平和学習を組んだのだ。 「原爆資料館見学」と、「原爆の語り部の方から話を聞く会」を計画したのだ。 全学ではなく、1学年のみの250人の行事である。 ●「原爆資料館」はもう何度も見学しており、数え切れないほどであるが、 それでもその悲惨さは、いつ見ても心痛むものがある。 今日は月曜日で、12月の寒い時期ということもあってか、 来館者は比較的少なかった。 「語り部の話を聞く会」は学校内で行ったことは幾度かあるが、 この原爆資料館で行うのは久々でもある。 私は、資料館との連絡と、語り部の方の世話などの仕事を担当した。 今日まで、学年みんなで仕事を分担して事前準備をしてきた。 私も何度か資料館関係者と連絡調整を重ねてきたのだ。 ●今日の語り部は、池田精子さんという方で、 12歳の時、爆心地から1.5キロ離れたところで被爆をした人であった。 被爆後もう61年もたつのに、その話は昨日のようだ。 体験した人でないと到底わからないであろう出来事を、熱心に話された。 修学旅行生への話は多いが、市内の生徒へ話すのはそう多くないと言うことで、 期待をされていたそうである。 体験から見た原爆の悲惨さを熱心に話された。 こうした語り部の方たちの熱意は、元気なうちに話さねばと言う使命感なのであろう。 顔のケロイド手術を15回もされたという。 「美しくなりたいためではない。元の姿になりたいだけだ。」 という一念で、辛さに耐えたと話された。 世界ではいつまでも争いが絶えない中で、 「命の尊さ、生きる喜び、平和の尊さ」を力説されたのだ。 生徒たちは1時間の話を、集中して聞き入っていた。 原爆体験者の生の声を聞く貴重な機会は、そうあるものではないのだから。 これは年を追うごとに、年々厳しいものになる。 今に体験者はいなくなるのだ。 今日は、いい機会に恵まれ、貴重な学習ができた。
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2006年12月18日
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●先週から、この月曜日は雪が降るといわれており、 どうなることかと気になっていた。 昨日も寒いことといったらなかった。 今日は、校外学習で8時50分までに平和資料館まで行かなければならなかったのだ。 雪でも降ると、交通は大渋滞するため、時間がかかるため天候が気になっていた。 おまけに月曜日でもある。いつもに比べて時間がかかることも考えられるので、 昨晩から今日の天気予報を気にしていた。 娘も今朝は「市内の積雪取材」で、6時前には出て行った。 昨日は日曜でも夜勤で遅く帰ったのに、 「夜遅い者を、早朝取材に行かせるなんて・・・。」とぼやきながら出かけていった。 ●ところが今朝起きてみると、寒いことは寒いが積雪はなく、 遠くの山には雪がうっすらと積もっているようだが、 平地はほとんどといっていいほど積もっていなかった。 この冬一番の寒気が入り込んだため、 中国地方では夕べから今朝にかけ、山間部では雪に覆われたようだ。 広島市内も、郊外では雪がうっすらと積もったようである。 市内中心部では全く雪は積もっていなかったため、 おかげで交通の渋滞もなく、無事に平和公園に辿り着くことができた。 積雪取材の娘は、どこまで行ったのだろうか。 市内中心部では仕事にならなかっただろう。 これが大雪だと、平和公園などは絵になる光景なのでニュースになるのだが、 かなり奥に行かねばならなかっただろう。 ○それでも、「もし平和公園近くで出会っても、声をかけないでね!」
と言って出かけた。外で仕事中に身内に出会うほどい嫌なものはないという。 照れや恥ずかしさもあるのだろう。 赤の他人を装ってほしいと言うのだ。(余談でした。) |
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