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●平素は学校給食を食べているので、ここ何年か弁当を作ることがなくなった。 我が子に弁当を作っていた頃は、自分のも含めて3つも作っていたのに、 そんな日々も昔のこととなった。 その後、コンビニがあっという間に広まり、 何かあればコンビで弁当を気楽に買うようになったこの頃だ。 ●学校が始まってまだ2日なので、まだ給食は開始していない。 今日は弁当持参の日だったのに、自分の弁当のことは全く忘れていた。 そのくせ、生徒には「弁当を忘れてはいないよね!」等としっかりと確認までしていたのだ。 11時ごろ女子生徒が「お腹すいた。弁当が待ち遠しい。」 と言ったのを聞いて、はっと気づいた。 朝は家でも学校に着いてからも忙しく、全く忘れていたのだ。 途中で買ってくることすら、眼中にもなかった。 なんたることだ。あわてて、弁当注文の事務室に行ってみたが、時すでに遅し。 今日に限って、もう弁当は届いていた。 しかたなくバイクでコンビニに買いに走り、12時40分からの昼食時間にどうにか間に合った。
何を考えていたのか、こんなことは私にとっては珍しいことではあったのだが。 まだまだ新学期ボケ状態なのかもしれない。 |
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2007年01月10日
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広島市学校給食栄養職員中学校部会の作った「給食だより」によると、 ==1月24日〜1月30日までを全国学校給食週間という。== 第二次世界大戦中は一時中断していたが、昭和21(1946)年12月24日に再開された。 この日を給食記念日としたが、ちょうど冬休みと重なるので、1ヶ月遅らせて1月にしたもの。 ■広島市の学校給食の歴史 昭和22年 脱脂粉乳とおかずの給食が始まった。 昭和25年 戦後初めてパン・ミルク・おかずの完全給食が始まった。 昭和45年 脱脂粉乳から牛乳に変わった。 昭和54年 米飯給食が月2回取り入れられる。 昭和56年 〃 週2回 〃 平成 3年 姉妹都市・友好都市献立が取り入れられる 平成 5年 アジア大会にちなんで、アジアの国々・地域の料理が取り入れられる 平成 9年 民間調理委託方式(デリバリー)の中学校給食が始まる。 平成15年 中学校給食の全校実施(うち、デリバリー給食は42校) 中学校ではパンは週1回のみで、あとの4回は米飯。 ●この歴史を見ていると、自分の歴史を見ているようで面白い。 自分自身の小学校時代は「牛乳」「米飯」以降の給食の経験はない。 しかし今は教員として、この7〜8年はデリバリー給食の恩恵にあずかっている。 ご飯とおかずの二つの弁当箱方式で、汁物はないがおかずは結構おいしいのだ。 中学校は小学校と比べかなり遅い給食開始だったが、
すっかり給食生活に慣れ親しんでいるため、 自らで弁当を作ることはほとんどなくなってしまった。 生徒も先生も、給食にするかどうかは全くの自由なのだが、 なんとも横着生活をしている上に、バランスの良い給食はやめられないのだ。 |
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●今日は、110番の日。 テレビでもそのような関連のニュースをやっていた。 ●年末年始の間はバイク通勤もなかったので、 バイクにしばらく乗っていなかったら、 ここ最近の寒さはこたえる。 しかし、上着を何枚も重ねて完全防備をすれば、 さほど苦にはならないのだが。 この冬も今のところどうにかバイク通勤が出来ているのだ。 ●バイクに乗るようになって一年半。 初めの頃は四輪と半々くらいの使用だったのが、 このところほぼバイク通勤になった。 そうなると四輪車はめったに運転しなくなる。
休日のドライブでも私はほとんど運転しないので、 30年近い運転暦の私なのだが、 久しぶりに運転すると、なにか下手になったような気がする。 少し戸惑ったりするのがおかしいほどだ。 |
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