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●ブログの縁で、東京に行ったからには明治神宮に行かねばならないと思い 何をさておいても、いの一番に訪れた。 ●東京は、2年前までは娘が大学生活を送っていた所で、 時折上京しては、どこかしらに行っていた。 しかし、ひととおりの所に行った後は、特にどこに行きたいわけでもなく 人ごみの多さに閉口しては、「やはり、広島がいい。」と言って戻ってくる有様だった。 ●そんなに欲のない私であるが、今回はやや意欲的に明治神宮を見学地に挙げたのだ。 原宿の駅に降り立つと、なんとも人が多い。さすが若者の町だけはある。 奇抜な服装をした人も見受けられる。 原宿の町見物はせずに、すぐに明治神宮に行く。 駅に近くなると、電車内からもすぐに見えるほどだ。 駅を出て、少し歩くと橋がある。 その橋を渡ると、すぐそこに明治神宮の入り口の鳥居が見える。 鳥居を超え、一歩足を踏み入れると、 そこにはさっきまでの都会の喧騒がうそのような別世界が開ける。 2月とはいえ暖かかったが、ここはひんやりとしている。空気が違うのだ。 夏に訪れても、おそらく結構ひんやりとしているであろう。 微かに靄がかかっているようだ。 うっそうとした森が広がる。これが人工の森だとは信じられない。 ●明治天皇と皇太后を祭っており、 この森を作るにあたっては17万本の献木があったのだ。 その中には、この地に合わない木もあったという。 それらは、主になる木の「つっかい棒」的な役割にしたという。 今では、冬でも青々と茂る常緑広葉樹の林が広がっているのだ。 Winterさんが書いていたが、 この地の落ち葉は一枚も持ち出すことをせず、すべて土に返すのだ。 落ち葉を箒でかき集めて掃除をしている光景が見られた。 大木の根元には落ち葉がたくさん集められていた。 外国人が多い。東京観光の人気スポットに入っているのだろうか。 原宿にいるような奇抜な格好をした若い女の子が境内を歩いていた。 由緒ある常盤の森との対比がなんともおかしいほどだ。 ●これまで、神社に行くことは何度もあったが、 さほど意識をして木を観察することはなかった。 こうして気にしてみると、鎮守の森の果たす役割に重みを感じた。 帰りの新幹線の窓から外を眺めていると、 大きな木々が茂っているなと思ってみると、それは神社であった。 そんな光景があちこちに見られる。 鎮守の森は、今日の環境悪化の中にあって、自然を守る価値ある場所なのだ。 このところ、色々と考えることが多くなったものだ。 |
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2007年02月13日
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