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●朝は5時前から起きて、6時前には学校に到着した。 生徒は6時15分までには登校し、バスは7時には広島を出発したのだ。 神戸に着き、南京町で昼食の後、いよいよ見学だ。 神戸市役所近くにある「日本初の花時計」をバス内から初めて見た。 神戸班別自由散策なども何度か体験したが、 今回は京都でそれを行うので、神戸はクラスごとにバスで移動だ。 3箇所見学した。 ■まず1箇所目は、「北野・工房のまち」で「タルト作り体験」だ。 とはいえ、時間の関係もあり、ほとんど全てが準備されていたものを かき混ぜる程度の体験だ。 一人一個のタルトはお土産にお持ち帰りとなったのだ。 ここには様々な体験のできるものが集結しており、 単に見るだけでなく体験できることで思い出につながるのだ。 ■2箇所目の見学地は、「舞子海上プロムナード」である。 世界一のつり橋「明石海峡大橋」を歩いてみようという体験だ。 私は車で通ったことがあるが、歩きは初めてだった。 海上47メートルの遊歩道は、 快適というよりは、怖くて足が震えて下をまともに見られなかった。 それでも何ともなくて平気な生徒もいるのには驚くほどだ。 ■3箇所目は、「阪神淡路大震災記念・人と防災未来センター」見学だ。 まさに広島の原爆資料館のようなものである。 阪神淡路大震災はもう13年も前になったが、 時あたかも中国の地震やミャンマーのサイクロン被害なども起きている。 自然災害に人間は無力だ。 災害をなくすことは出来ないが、被害を減らすことは出来るという話もあった。 ここでは、語り部の方のお話を聞いた。 体験者ならではの話に聞き入った。 ただし、元牛乳工場経営者と言う方で、 理路整然と話されるので、心情的なものはあまりなかったが、 人が違えばまた違ったものになったであろうと思われた。 ●これにて1日目の神戸見学は終了。 宿泊は「神戸ポートピアホテル」だった。 何とも立派なホテルで、250名近くが一堂に会しての夕食は さながら結婚披露宴のような感じだ。 明石焼きも出た。 明石焼きは、たこ焼きのようなものかと思っていたが、 焼いたものを澄まし汁に入れて食べるのは、予想外だった。 ●食事が済めば後は寝るだけだが、 1日目の慣れないことで、車椅子の生徒の入浴に大苦戦。 夜遅くまで打ち合わせもあり、その後寝たのが1時。 3時に目が覚めて、もう一眠りしようと寝付いた直後に その生徒のトイレで起された。 また一眠りしたが、5時にはまた目が覚め、 6時の定時起床まで、うつらうつらした。 1日目は疲労と寝不足で、ふらふら状態だったのだ。(2日目に続く・・・・)
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2008年05月17日
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●2泊3日の京阪神修学旅行が終わった。 旅行記はまた別途おいおい書く。 今回の旅行は「車椅子生徒介助」という大きな任務があったのだ。 この生徒には別に担任もおり、介助者もいるので 平素はほとんど見ていないのだが、 学年所属の関係で、昨年も野外活動の時にこの任務をした。 慣れない仕事の上に24時間の任務を3日間したのだ。 慣れた頃には終ってしまった。 トイレ・お風呂・着替えなど抱きかかえての介助の場面が多く 両上腕筋が今も筋肉痛状態になっている。 私自身が膝痛の持病を抱えているので、 よほどしっかりしないと困ると懸念したが、 膝の調子は今回はどうしたことか痛みが少なかったのが幸いだった。 ●今回はあらゆることが私にとって初めての体験づくしだが、 バスの乗り降りは車椅子リフト車だった。 乗り降りの度に運転手さんがその操作をしてくれた。 ガイドさんにも気を配ってもらった。 この仕事について7年目になるが、 車椅子生徒の介助での修学旅行初体験になった。 普通学級での担任としては何度も修学旅行に行ったが、 それなりの大変さがあったのを思い出した。 この車椅子リフト車はそんなに多くはないということだ。
今回は「君田交通」を利用した。 色々な人に様々な配慮をしてもらったのだ。 |
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