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●30日に退任式が終わり、もう学校に出ることはないだろうと思っていたが、 31日に辞令が出るという。 退職なので今さら辞令を貰ったとてどうしようもないと思っていたが、 学校に残されても困るということだし、 今後退職証明がいることもあるので、貰いに出かけた。 春休み中なので教職員もいないだろうと思ったが、 結構の人数が出ていて、もうすでに新年度の仕事をしていた。 辞令は正式には「人事異動通知書・辞職を承認する」というものだった。 それを貰ったら他に用はなく、職員室にいる人に挨拶をして帰ることにした。 それを見つけて何人かの人が「お見送りをしましょう!」と言ってくれる。 恐縮して辞退するが、他の人にもそうしたと言うので受けることにした。 車で帰りかけたら、なんと玄関先に15人くらいはいただろうか、 みんなで見送ってくれたのだ。 ・・最後まで有難く嬉しいことであった・・・。 ●天気が良いので、桜でも見に行こうということになり、 市内の「黄金山」に出かけた。 ここは桜の名所で、山の頂上に上る道に沿って植えられた桜が 遠くからまるで輪っかのように見えるのだ。 3月27日の中国新聞によると、約480本の桜が植えられており、 見出しは「うっすらピンクの帯」となっていた。 平日なのに随分と多くの人が出かけていた。 明日から天気が下り坂になりそうなので、都合をつけて出かけたのだろう。 桜は見事に奇麗だった。 ここには地元の「広島テレビ」と「RCC中国放送」2局のアンテナが聳え立っている。 周囲を散策していたら看板に「二の丸」という説明書きがあった。 どうやらここには、昔お城があったらしい。 それも「仁保嶋城」とあるから、ここは島だったようだ。 1500年代のことだ。 ここが島であったとは、今からは信じられないことである。 「麦わらを敷いた谷」などという戦の跡もあり、海から攻めてきたと言う記録も残っていたのである。 広島城の展示資料を見ても、 広島市の太田川デルタは、戦国時代には今の半分もなく干拓により拡がっていったのだ。 仁保島(黄金山)も、江戸初期には比治山、段原などと地続きになってきたのだ。 桜見物から、広島の歴史の新たな面を知ることが出来たのだ。
これが昨日の収穫だ。 |
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2009年04月01日
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