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「ピンポ〜ン」ドアホンが鳴った。 「ボールが入ったので取らせてください。」と女の子の声。数人がやって来た。 用事が済むと「有難うございました。」と礼儀正しい。 外ではまたボール遊びが続く。 子供の遊び声などあまり聞かれなくなったこの頃だ。 それに、今時の子供でもこのように礼儀正しい子もいるのだと感心した。 今時だろうといつだろうと、時代ではないのだ。 「今の若い者は・・・。」と言うのはある意味で偏見だ。 やはり、しっかりとした親の教育が必要なのだろう。 ▼写真は交番。この建物は後にある山を模したものだと聞いた。 デザインは斬新で面白いが、機能性や実用面ではどうだろう。
あまりに奇抜で、掃除もしにくいのか、壁面がどんどんくすんできている。 |
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2010年01月15日
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1月13日(水)夜10:00〜10:45NHKテレビ「歴史秘話ヒストリアル」を観た。 〜〜愛と苦難のバウムクーヘン・洋菓子夫婦が生きた震災と戦争の日本・妻は立った〜〜だ。 今日のバウムクーヘンが日本にあるのは、ひとえにこのユーハイムさんのおかげなのだ。 この事実は前から知っていて、広島にもかなりのゆかりがあるということで、 2度ほど記事にもしている。 ドイツ〜中国・青島でお菓子作りに成功〜第一次世界大戦になり召集される〜
捕虜として大阪の収容所へ〜その後広島の収容所(広島市の南部・似島にのしま)へ〜 休戦により釈放後、広島の産業物産陳列館でバウムクーヘンを出品して売り切れの大人気に 〜銀座で洋食屋を開く〜横浜へ・山下町で開店・関東大震災で店は全滅〜神戸へ避難する〜 震災から2ヶ月神戸で開店〜神戸大空襲で店は全焼〜1945年8月14日(終戦の前日)避難先の六甲のホテルで亡くなる(59歳) 妻はドイツへ強制送還させられる・一人息子は戦死していた〜1953年妻エリーゼ再来日・弟子の店に社長として迎えられる〜1971年80歳で死亡・兵庫の墓に夫婦で眠る ざっと番組のメモを書いただけだが、何とも壮絶な人生だ。 運命の皮肉といおうか、戦争や震災で何度もやられ、総てが無になってしまう。 それでも、立ち上がってバウムクーヘンに命をかけるのだ。 ユーハイムさんはもちろん、その陰で妻の支えなくしては、これほどまでにはならなかったであろう。 現在の会社の人の言葉「ユーハイム・のれんの陰に女あり」という言葉が実感として伝わる。 広島にもユーハイムの工場・店舗がある。 もともとは広島が出発点だったようなものだ。 歴史を知ることは、本当に面白く興味深いものだと思われる。 |

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1月14日(木)のお弁当 ・ごぼうの肉巻き ・煮物(大根、人参、ジャガイモ、レンコン、鶏肉) ・ボイルキャベツ ・オムレツ(シーチキン、葱、しめじ) ・うずら豆 ・果物 1月15日(金)のお弁当 ・鶏肉の照り焼き ・キンピラ(レンコン、ごぼう、人参) ・小いわしのマリネと貝割れ大根 ・ブロッコリー ・うずら豆 ・ご飯(ごま塩、梅・すりごま)・ちりめんの佃煮 ・果物 |
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