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5月16日(日)
オーバーアマガウでの秋川雅史さんとの思わぬ出会いの興奮冷めやらぬうちに、
この日の宿泊地へやっと到着した。
明日の登山に備えて、その麓のガルミッシュ・パルテンキルフェンという所に泊まるのだ。
長い名前だが、これは二つの街が合併してできたものだ。
ドイツ最高峰ツークシュピツェ(2962メートル)へのアクセス拠点となる街だ。
泊まったのはアパートメントハウスだ。3階建てで、一度に3グループが泊まれる。
各フロアー別に居間とキッチン・ダイニングルームがあり、
泊まった部屋には3つのベッドルームがあった。
これで1泊13000円ぐらいで、たくさんの人数が泊まればかなり割安になるのだ。
ここで2泊した。食事は自炊だ。
夕方付近を散歩してみた。
辺りには別荘や民家がたくさん建っている。
1936年の冬季オリンピックで使用されたというスキーのジャンプ台も見えた。
ウインタースポーツにも良いだろうし、夏は避暑地になるのだろう。
5月17日(月)
朝から雨だ。この日予定していた登山は翌日に延期して、予定を入れ替えた。
今回の旅の一番のポイントである「ノイシュヴァンシュタイン城」へ出かけることにした。
途中、オーストリア国境を越える所もあった。
遠くに小さくお城が見えてきた。
上に行ってからわかったのだが、高い山の中腹に建っているのではなく、
手前の山の上に立っており、城の向こう側は切り立った崖で、
下には川が流れている。
お城までの行き方は3種類ある。徒歩で40分、馬車で20分、バスで15分だ。
バスで行くことにした。大勢の人が待っている。
後ろに見えるのはホーエンシュヴァンガウ城だ。「白鳥の里」に建つお城だ。↑
これから行くお城を建てたルートヴッヒ2世が幼少を過ごしたお城だ。
このお城からいつも新たなお城の構想を練っていたらしい。
バスはくねくねとした山道を一気に上がって行く。
バスの終点で降りてさらに歩く。お城がどんどん近くなって見えてくる。
やっと到着。
日本語解説グループは1団となって入る。他の団体ツアー客と一緒だ。
一気に日本語が飛び交う環境になった。
お城の中は撮影厳禁だ。
唯一窓から外を写した。随分高くて、遠くまで見える。
中は絢爛豪華としか言いようがない。贅の限りを尽したものだ。
王様は白鳥が好きだったといい、随所に白鳥の絵が見られて「新白鳥城」とも言われる。
900キロのシャンデリアがあった。
身長が190センチ以上あった王様に合わせたベットもあった。
1869年から17年の歳月をかけて建設されたというお城だが、内部は未完成で、
その完成を待ち望んでいたルートヴィッヒ2世は、
1886年に散歩に出て、深夜湖畔で水死体となって発見されるのだ。謎の死だ。
この城に住むことができたのは、わずか172日だったという。
バイエルン最後の王様となった彼は、41歳で亡くなったのだ。
肖像画を見ると、随分ハンサムな王様だ。
マリエン橋からは絶好の撮影スポットで、みなカメラをかまえていた。
外観も内部も形容しがたいほどのお城に、しばし感動冷めやらなかった。
そういえば、日本のディズニーランドのシンデレラ城はヨーロッパのお城を模しているとか。
このノイシュヴァンシュタイン城を見ていると、なぜだか連想してしまったのだ。
これまで毎日の様に曇りや雨が続いたのに、この日はやっと晴れた。
晴れ間に見るお城は格別良かったのだろうと思う。
■次は登山・・・でも中止の憂き目に・・・続く。
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2010年06月01日
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