美しく歳を重ねるために

13年間は長いようであっという間だった。交流のあった方々有難うございました。新ブログfc2をよろしく。

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・・・・前の記事の続きです。



▼家に戻ってから、父の夕食でも作ろうということになり、
父が食べたいという「てんぷら」を作った。

今頃は我が家でもてんぷらを作ることはほとんどない。
亡き母は、どうしたことかてんぷらをよく作っていたものだ。

材料はある野菜で。さつま芋、なす、じゃがいも、玉葱でかき揚げも。
そして買ってきた「小いわし」を揚げた。
小いわしはたくさんできたのでマリネにした。これならしばらく持つ。

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▲それに、揚げ半入りきんぴらごぼうも作った。
父は何でも食べてくれるし
「美味しい、美味しい。」と言ってくれるので作り甲斐がある。
平素は質素なもので済ませているらしい・・・。

▼材料は少なかったと思ったが、出来てみると結構多かったので、
我が家用に半分貰って帰った。

結局何だかんだと言いながら、貰い物の方が多くなった。

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▲「岩まん」と言うまことに固いまんじゅうも貰った。
岩のように固いからか、店の名前の岩味屋だからか、岩国産だからか・・・
とにかく外が固いのだ。

中味は餡入りで柔らかいのだが・・・。面白いおまんじゅうだった。

  
昨日は久しぶりに実家の父のところに行った。
年末に大掃除に行ってから、年始にはとうとう行かずじまいで気になっていたのだ。
行ける時に行かなければと意を決して出かけた。

娘を送って、その後車で出かけた。

まずは一番に母の仏壇へ。
その後、灯油や食料品の買い物と、墓参りにも出かけた。

去年は母の7回忌もすませたというのに、
いまだに思い出すと目に涙が滲む・・・・。

身近な存在の死は、いつまでも忘れることは出来ないものだ。

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用事が済んだらその後少しドライブをする。
車がない父は、こうして車でちょっと走るのが好きだ。

広島県と山口県境まで行った。

ここには「旧山陽道跡」の看板と、「吉田松陰」にまつわる碑がある。

吉田松陰は、県境のこの地で山口県との別れを歌に詠んでいる。
県境は「小瀬川」で分かれているのだ。

安政6年(1859年)のことである。
あの<安政の大獄>で処罰されるために江戸送りになった途中でここを通過したのだ。

安政の大獄では、100人以上の処罰者が出たが、
この吉田松陰は最後の処刑者になったといいわれる人物だ。

話の内容が変わるので、ここで一旦中断して次へ続く・・・。

  

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