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梅雨が明けた。毎年のこととはいえ、今年はことのほかひどい豪雨だった。
これからは過酷な夏が始まる。真夏日とか最高気温だとか、熱帯夜などと言う言葉が続くのだろう。これもまた気が重くなる・・・。
私の最近の読書は、そのほとんどが家にある古い本を読み返している。
新しい本も買いたいが、もうこれ以上本を増やしたくないので出来るだけ買わないようにしている。昨今は本も結構高い。増えすぎて邪魔になって本を安く売るようではもったいないことだ。
まあ売れればまだ良いほうで、ごみに出すほどもったいないものはない。
以前は職場から区の図書館が近くて帰宅途中に寄り道をしてはよく借りていたが、今はわざわざ行くようなので、最近はあまり行っていない。
何よりも学校図書館もあったので、よく借りていた。
この本は、近所の公民館で借りた。公民館にもちょっとした図書コーナーのようなものがあり、先般、料理教室があった時に立ち寄ってみて借りたのだ。
「家計簿の中の昭和」澤地久枝著・文芸春秋発行・2007年3月初版発行・1429円+税
読み進めていくうちに、この本は以前にも読んだことがあるのを思い出した。買ってはいないので、やはり公民館で借りて読んだような気がする。
水泳の顧問をしていた時は、水泳大会の仕事の合間に空き時間があり、隣の公民館によく行っていたものだ。
著者は昭和5年(1930年)生まれで今年80歳になる。
「妻たちの二・二六事件」などが代表作で、男性っぽい文体で、事実をしっかりと調べ上げた上での作品を得意とする。
家計簿をずっとつけており、その事実から浮かび上がるものを書き記したのが本書だ。たかが家計簿だが、その数字と単語の中には様々な事実が含まれている。その奥深いところを考察しているのだ。なかなか面白い本だ。
満州からの引き上げ、大家生活、作家の助手、着物のこと、母との旅、心臓手術、向田邦子さんとの思い出、一六銀行、終の棲家、借金返済・・・そのすべてが家計簿に残されている。
家計簿はかくして人生そのものである。
私も結婚以来ずっとつけてはいるが、全部を並べたこともなければ、思い出にふけったこともない。今はまだそこまでのゆとりときっかけがないのだ。
家計簿はただつけるだけでは駄目で、収支をしっかり分析しなければいけないといわれる。それもしていない。私はただつけているだけで、日記代わりのようなものでもある。
いつか機会があれば、澤地さんのようにまとめてもみたいが・・・いつのことになるやら・・。
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2010年07月18日
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