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今日は被爆66年目の原爆の日。
広島は祈りの一日となった。テレビもラジオも新聞も原爆一色の日だ。
広島のマスコミは1年で一番忙しい日となる。
私は今日は実家へ行く途中のため、車の中で8時15分を迎えた。
黙祷するわけにはいかず心の中でしたのだが。車の外では大きなサイレンの音が聞こえた。
例年この時間にはサイレンがなる市町村は多いと思われる。
私はかつて1回ほどだが、式典へ参加したことがある。もう5年も前の事だ。
8時から始まる式典に参加するには早くに家を出なくてはならない。
近年は市内の小中学校は登校日になってきているので、式典にも参加する事は出来なくなった。
仕事をしている時はテレビによる視聴で参加、今では家でのテレビ視聴だ。
今日はラジオだったので、やや雰囲気がつかめにくい。
被爆後66年。被爆者の数も減少の一途をたどるし、現存の方も高齢化する一方だ。
生き証人の語る話は他のどんなものにも勝って力強く伝わる。
年々「風化」が心配だ。
今年は震災もあり、福島の原発事故もあって特別な年となった。
広島に生きる者として、伝える責務があるのだ。
仕事上では「平和教育」を長くしてきたが、退職後は直接的なかかわりが少なくなった。
■もう9年も前になるが、中米ホンジュラス国へ出かけて知り合った学校関係者からたくさんの折鶴が送られてきたことがある。
遠いかの地で「原爆の子の像の佐々木禎子さん」の勉強を学校でしていたのだ。
折角の熱い思いなので新聞社に連絡したら、大きな写真入りでかなりのスペースの記事になった事もある。
それをまたホンジュラスへ送って、しばらく交流が続いたものだ。
■■ かなり前の事だが、ネットで調べたら出てきた。
それにしてもネットはすごい。たちどころに出てきた。
自分は新聞記事を保存していたと思うが、探し出すのに時間がかかる。どこへいったやら。
行動となるとさて何が出来るかだ・・・。
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