|
先日書いた広島城を訪れた日に見たもの。
広島城址公園内には木々がたくさん生い茂っている。
その木には名前や説明書きなどのプレートがかかっていた。
これまでも被爆樹木についてはいくつか記事にして、<ヒロシマ・平和>の書庫に少し載せている。
たとえば・・「被爆アオギリ」の記事⇒http://blogs.yahoo.co.jp/fan123m/16706707.html
被爆樹木・クロガネモチ
爆心地から910メートルの広島城内の大本営前庭の庭園に植えられていたもの。
いまだにこれだけ青々と育っている。
エノキ
この木1本で人間が1日に出すCO2の2人分を吸収するという。
こういう具体的な例で説明されると分かりやすい。木々の果たす役割を再認識するものだ。
ブログランキングアップにつながりますので、↑投票ボタンを押してくだされば嬉しいです。 |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2011年10月26日
全1ページ
[1]
|
先日実家へ行ったときに、大竹市の<海兵団>跡地に建つ工場群近くを父とドライブしたが
工場敷地内に大きな倉庫のようなものが見えた。
私はてっきり現在の工場が作った倉庫だと思ったのだが、
父によればこれは戦時中の海兵団の兵舎や格納庫を工場が今でもそのまま使っているのだという。
戦後もう66年になるのにまだそれを使っているとは信じられないが、父は確かにそうだという。
戦争中の兵舎や格納庫は、終戦時には引揚者の宿舎や検疫所や倉庫として使われたという。
それを今でもそのまま使っているのだとか。
この一帯は今では民家はなく工場地帯となっているが、
昔はこの付近に10軒ほどの民家があったという。父の実家もそのうちの1軒だ。
今はこの先も埋め立てられて海岸線もかなり伸びて、付近一帯は昔を偲ぶものもない。
ネットで「海兵団」で検索をしてみると、実際にこの海兵団に入って生活をした人の文が載っている。
あまりの懐かしさに、最近ここを訪ねたが全くの様変わりに声を無くしたという文があった。
そんなに変貌しているのに、父は私が車で行く度にこの周辺のドライブに行きたがる。
毎回毎回同じ場所なので、私は少々飽きてきたのだが・・・・。
幼い時に過ごした場所はいつまでも懐かしいのだろう。
ブログランキングアップにつながりますので、↑投票ボタンを押してくだされば嬉しいです。 |
全1ページ
[1]








