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5月13日(金)マールバッハの続き
博物館を後にして元来た道を戻るが、途中で塔を見つけた。古い町が見える。
博物館までたどり着くのに随分苦労して、もう行くのを止めようかと何度も思ったのだが、
この頃になると足も疲れ、ここも立ち寄るのを止めようと思ったりもしたが、せっかくだから寄ってみた。
いわゆる古い町並み保存地区で、入り口の高い塔を中心に城壁がめぐらされて、
石畳の道の周辺は木組みの古い造りの建物が並ぶ。
泉のある広場まで来た時、向かいの古そうな家を写真に撮っている人がいる。
小さな表示板を写していたのだ。このような家はもう何度も見た光景なので近づきもしなかった。
しかし、これが大誤算だった。家に帰ってから分かったのだが、これこそ「シラーの生家」だったのだ。
知らないということ、資料不足、リサーチ不足であった。
レストランなど食べる店は多いが、一人で入っても選んだり注文に苦慮すると思い止めた。
駅に戻った。不思議なことにどこの駅にも「パン屋」はあるのだ。そこでサンドイッチを買った。
駅舎の外の離れた場所に売店があったりする駅もあるが、ない所も多い。
その代わり、プラットホーム内に「お菓子の自動販売機」があったりする。
こうしてやっと家にたどり着いた。帰り道は暑くて汗だくになった。
5時間の一人旅。歩き回ったこの日の歩数は、実に20,489歩にまで達した。
出歩くと歩数は上がるが、足には負担がかかっているようだ。最近足が疲れている。
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2011年05月14日
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5月13日(金)
母子が用事で街中まで列車で出かけるというので、私も一緒に家を出て途中の駅まで一緒した。
私は乗り換えのため途中で別れて、それ以後は一人で出かけたのだ。
ドイツ語もまともにしゃべれず、英語とて怪しいのに「良い度胸をしている」ものだと笑われそうだが。
家から列車に乗って出かけ見学するような場所もなくなってきたのだが、
あとは唯一「地球の歩き方」に載っていたのが、「シラーの生まれた村・マールバッハ」だ。
本に載っていたたったこれだけの資料を元に出かけたのだ。
「シラーの博物館」へ行ってみる計画を立てた。
シラーと言われてもぴんとこないが、あの「第九」の原詞になった「歓喜の歌」を書いた人だった。
ゲーテとの交流でも知られ、太宰治の「走れメロス」のモチーフはこのシラーの「人質」からだそうだ。
詩人、歴史学者、劇作家、思想家で、ゲーテと並ぶ古典主義の代表とされる。(1759−1805)
駅名の入った「列車の路線図」を自分の写真から印刷し、「出発時間や乗り換え時間、乗るプラットホームの番号、到着時間」が一覧になった表をネット検索で作ってもらい、それを持参して出かけた。
会話集も持参したが、なまじドイツ語で聞くとドイツ語で答えられて、かえって困るのだ。
だから英語しかしゃべれないということにした。
全くの一人旅。S6から途中でS4に乗り換えて、終点で降りる。40分くらいで着いた。
市内中心部から北西の方向にある。
今回は少し長いので、3ゾーンで3.4ユーロだ。「マールバッハ駅」に到着だ。ここまでは楽勝だ。
ネッカー川沿い(河畔)にあるので(Neckar)とある。
まずは駅前の地図で場所を確認。しかし南北方向を見誤って、別の方向へ行ってしまった。
行けども行けどもそれらしきものはない。「駅からかなり遠いよ。」とだけ聞いていたのだが、
それにしても・・・どこにも標識が見当たらない。
仕方がないので、いろいろな人に聞いた。自動車整備工の若い男性はたどたどしい英語で答えてくれた。「あと1時間は歩くようですね。」と言われ、「1時間?」と思わず聞き返したほどだが、迷いに迷った結果それくらいはかかったのだ。
その後何人にも聞いたが、案外英語がしゃべれる人が少なくて、全くダメな人もいた。
お互い理解しにくいので、若い女の人は歩く方向の道まで連れて行ってくれた。
道1本を間違えてもたどり着かないことが分かり、もうこうなればと次々に何度も聞いた。
左に曲がるとか、あと何メートルとか教えてくれるが、方向はわかっても曲がる道がどれだか分からない。郵便配達員に聞いたら的確な英語で答えてくれた。大学生らしき若い人の英語はしっかりしていた。
かくして・・かなりの人に尋ねまくりやっとたどり着いた。SchillerーNationalmeseumuだ。
それにしてもたどり着くまでに標識がない。途中にほしいものだ。ドイツ文学の宝庫といわれるものなのにそれはないでしょう・・・・と思った。
住宅街の奥まった場所にあったのだ。周囲は静かな場所だった。
建物付近には人が全く見当たらないが、車はかなり停まっている。中には何人かの人がいたが静かなものだ。
博物館のそばに建つと街が見渡せる。ネッカー川も見える。自然が広がり綺麗な町並みだ。
建物のすぐ前の広場にはシラーの像がそびえていた。
中に入っても戸惑うことばかりで、親切な案内の人が英語で答えてくれた。チケット売り場の年配の男性はドイツ語しかしゃべれないと言いながら、荷物を入れるロッカーはお金が戻る式で、その説明を丁寧にしてくれた。
入館料は9ユーロもした。やや高いと思ったが、後で分かったがその隣の施設と込みの値段だった。
外部の光をすべて遮断して薄暗い光の中に展示している。でも、見てもよく分からない。
資料は膨大なもので、1日では見られないほどだと言う。1週間も泊り込んで見学する人もいるらしい。「世界一大きいドイツ文学の書庫」だそうだ。
隣にも建物がある。「近代文学博物館」だ。英語のオーディオガイドがあると聞いたので借りたが、
それでもドイツ文学そのものに疎いものだから、殆ど分からなかった。
余談だが、オーディオ機器は貸し出しに10ユーロも払った。後で戻ってきたが、高い値段に驚いた。
それにしても・・生家はどこにあるのだろう??博物館そのものがそうなのか聞いてみようかとも思ったが、そんなこともなかろうと思い直した。近くにあるのだろう・・・と思いつつ博物館を離れた。
実は家に帰ってから分かったのだが、リサーチ不足で見逃してしまうことになったのだ・・・・。
その後、古い町並みを歩いた。<5時間の一人旅>・・・続く。
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