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5月28日(土)
パパさんは12日間の出張で疲れているだろうに、またしても一家でドライブに出かけた。
家から東南に車で1時間半ほど走る。以前出かけた「ウルム」に近いあたりだ。
<テディベア>の故郷ギ―ンゲンへ行ったのだ。
この町で生まれたマルガレーテ・シュタイフという女性がそのぬいぐるみを誕生させた。
高熱が元で両足と右手が麻痺したのにもかかわらず、縫製店を営み自立し、弟一家とともに縫いぐるみの製造を行うようになった。1902年に作り出した熊のぬいぐるみは見本市に出品されて、アメリカに渡りそこでブームになったのだ。
参考資料
1902年の秋、ルーズベルト大統領は趣味である熊狩りに出掛けたが、獲物をしとめることができなかった。そこで同行していたハンターが年老いた雌熊(一説には傷を負った子熊)のアメリカグマを追いつめて最後の一発を大統領に頼んだが、ルーズベルト大統領は「瀕死の熊を撃つのはスポーツマン精神にもとる」として撃たなかった。このことが同行していた新聞記者によって新聞に掲載され、このエピソードにちなんで翌年バーモント州のおもちゃメーカーが熊のぬいぐるみにルーズベルト大統領の通称である「テディ」と名付けて発売した。その頃ドイツのマルガレーテ・シュタイフの熊の縫いぐるみが大量にアメリカに輸入され、この名前が広まった。
現在もバーモント州のおもちゃメーカーはテディベアカンパニーとして一体一体手作りのテディベアを販売している。販売されているぬいぐるみは永久保証制をとっており、万一破損した場合などは無料で直してくれる。世界中にテディベアと名の付いた熊のぬいぐるみが売られているが、少なくとも名称と実態が一致した形ではこのバーモント州のメーカーのぬいぐるみが元祖といえる(実態としてはマルガレーテ・シュタイフも元祖的な役割は果たしている)。
自分で作成した型紙を使ってテディベアを作ることは可能だが、他人の型紙を使ってテディベアを作り販売などすると著作権侵害となる。 本当に小さな町だが、この日は「ビーチバレーボール大会」が行われており、たくさんの観衆がいた。
こんな場所で行われるのが不思議だが、ドイツでは人気のスポーツのようで各所であるそうだ。
博物館に入るのが目的だが、まずは博物館の裏手の付近で昼食。
有り合わせのもので作った持参の弁当を食べた。
ドイツでは何度弁当を作っただろう。パパさんが喜んで食べてくれるので作り甲斐があるが、
材料も揃わず、日本にいる時のようには出来ない。それでも皆でおいしく食べた。
博物館の隣は「シュタイフ本社工場」だ。
少し歩くと、「アウトレットショップ」があったので覗いてみた。シュタイフの厳しいチェックを外れたもので
耳にはボタンのタグが付いていない。しかし、値段も格段に安すぎるというわけではないので、それなら本物のほうが良かろうと、ここでは買わなかった。
本物は黄色のリボンがボタンとともに耳についている。ボタン・イン・イヤーだ。
いよいよ博物館見学だ。館内外の表示に日本語が多い。日本人の観光客が大勢来るのだろうか。
1人8ユーロ。入場券が4枚あるので不思議に思ったら、無料の赤ん坊のものもちゃんとあったのだ。
内部の案内アナウンスも日本語音声が流れる。
3階建てで、説明とともに上まで巨大エレベーターで上がっていく。
3階には多くの縫いぐるみがある。小さな子供たちが多い。
赤ん坊は今は何もわからないが、いつかまた来れば喜ぶだろう。
2階に下りて、シュタイフ社の歴史や作業の様子などを見た。丁寧な作りだった。
館内を一巡して、最後に1階にある商品販売場に入った。
数も多いが、この製品は値段もかなり高い。それだけ自信を持って売り出しているのだろう。
パンフレットも豪華なものだ。記念に赤ん坊に縫いぐるみを一つ買った。
今はまだわからないが、いつの日かお気に入りになってくれると嬉しい。
夕食はパパさんが作ってくれるというので、ママの授乳後、私と2人で赤ん坊をお風呂に入れた。
いつもは夫婦で入れるが、パパさんの出張中には私も何度か入れたので、少しは慣れた。
夕食はマッシュドポテトとザワークラウト、そしてニュルンベルグソーセージだ。
やはりその土地で食べるものが一番美味しい。
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2011年05月29日
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