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昨日は時間があったので広島城付近を歩いてみた。
お堀の周りには様々なものを見つけることが出来る。
「歩兵第11連隊跡」というのがあった。
これは何ぞや・・・というくらいで、何ともピンと来ないものだったが。
広島城の裏御門手前の付近一帯には昔この連隊があったのだ。
現在はこの付近には、昨日行ったモニターの放送局などが建っているのだ。
歴史は古く、説明板を読むと明治・大正・昭和と様々な記述がある。
その時代の戦争といえば、日清、日露、日中戦争、太平洋戦争などだ。
それらの戦争に係った連隊のようである。
この門柱は東区の福木保育園に保存されていたものだという。
今ではこのような事実を知っている人のほうが少ないであろう。
ウィキペディアによると・・・
創設・1875年5月 廃止・1945年 所属政体・大日本帝国 所属組織・第日本帝国陸軍
部隊編成単位・連隊 兵科・歩兵 編成地・広島
広島にこのようなものがあったことも歴史とともに忘れ去られているようだ。
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2011年09月23日
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昨日はまたしても放送局へ。たまたま2日連続して放送局訪問になった。
昨日は4月から半年間行った放送局の新旧モニターが集まっての交流会だった。
もう終わるのだから今更行かなくても良いのだが、交流会の後スタジオ内見学もできるというので出かけた。
半年前の3月には震災後の慌しさで、局内を見学できるような状態ではなかったので中止となったのだ。
スタジオ見学は3箇所も見せてくれた。普通では見られないような場所ばかりだ。
写真撮影はどうだか分からなかったが、何だか言い出せないような雰囲気だったので、断念した。
1箇所目はその日のテレビの生番組のリハーサル風景だった。
4時から始まる放送で3時過ぎからリハーサルをしていた。
料理の場面は1回実際に作っていた。
その後、その会場で司会者と一緒にモニター全員で記念写真を撮った。
2箇所目は、ラジオの生放送中の内部を見せてもらった。
いつもよく聞いている番組でしゃべっている様子や、
ディレクターの指示、音声などの機械関係の人の作業などを見た。
ラジオのスタジオも見るとそれなりに面白い。
3箇所目は番組内に出てくるテロップを作ったり、それを編集する部署の見学だった。
今時の番組は字幕が多い。1番組に100〜150の字幕を作るのだという。
字以外にもタイトルデザインなどをパソコンで作り上げていた。
今はパソコンですぐにでき上がる。
さてその編集作業がこれまた大変。40分番組でほぼ3日がかりで作るのだという。
今日放映されるものがまだ出来ていなかった。
昨夜はかなり遅くまでかかって仕上げたのだろう。
一見華やかな仕事場だが、色々な陰で苦労はあるのだろう。
私などは好奇心一杯で、憧れるばかりでこのような見学をしたい気持ちで一杯だが
現場にいる者はそんなに楽しいばかりではないのだろう。
しかし、モニターは楽しかった。月に4本の番組を見て意見や感想を書くものだが、
その意見は冊子になって関係者が見る。もちろんモニター仲間も読むのだ。
皆さんなかなかうなるような文章を書いているので、自分も気が抜けない。
私は4・5月ドイツにいたため6月から4ヶ月やったが、抜けた2か月分は各月に上乗せだ。
だから、月に平均6本。5日に1本の勘定だ。これは結構忙しかった。
視聴し忘れてもいけないので、いつもその事が気になる。
ビデオ録画に頼っても良いが、いつか見ようと思うとどうしてもすぐ見ないのだ。
やはり生ですぐに見終えるのが良かった。
視聴後はすぐにレポートを書いて、メールで送る。それの繰り返しの半年だった。
担当者とも何かと懇意になれたし、何より書くことは嫌いではなかったのでほど良い刺激になった。
来月からはまた別の局のモニターをすることになっている。
こうして次々に放送局のモニターを制覇してみたいものだ。少々ミーハーかな・・・?
広島には放送局が5局あるが、次女からは元職場だけは絶対にしてはいけないと釘を刺されている。
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