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7月2日(月)ドイツ滞在77日目
(7月3日(火)ドイツ滞在78日目)
(7月4日(水)ドイツ滞在79日目)
長かったドイツ滞在記もそろそろ終わりだ。
さすがにもう気ぜわしくて、最後の日までは書けない。
PCももう娘に返却する。愛着すら出てきたアパートもすべてきれいに片付けねば。
ドイツ出発まで娘宅でPCを開けるかどうかはわからない。
日本到着の7月5日(木)は出発からちょうど80日目になる。
日本発は4月17日だったから、まるで浦島太郎状態だろう。(大げさ?)
桜から(ゴールデンウィーク、初夏、梅雨を飛び越して)一気に夏の訪れへと移動だ。
本当に長い日々だったが、過ぎてしまえばあっという間だ。
今回も様々な体験が出来た。60歳代前半の良き思い出になった。
暮らしてみれば、生活は日常で世界のどこにいても同じだとも気づいた。
言葉の不便さは多少感じたが。せめて英語学習の必要性を感じるが、
日本にいては日々の生活に追われまた忘れるのだ。
ブログも長々と飽きずに書いたものだ。
一番の目的は孫の育児援助だったので、それに関わる記事も多くて
興味のない方には多少煩わしかったかも知れない。
最後に孫の写真を。今後は載せる機会も減るだろうから。
他人から見たら身内自慢ほどあほらしいものはないだろうから自戒したいと意識はしているが
せめてもの「ばば馬鹿」と思ってお許しを。
コメント交流が出来なくて、一方的な更新になったが
それでも欠かさず訪問をしてくれた方々も多く、感謝申し上げたい。
私も、コメントは書けなかったが訪問して読ませてもらった日本の記事も多い。
長らく広島の記事も書いていないので、また復活だ。
次回は日本からの記事になる(はず)・・・・・・。
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7月1日(日)ドイツ滞在76日目
▼ 午前中は部屋の片付けと荷物のまとめをした。
処分品にはやはり瓶詰めが多かった。これでもその一部。
集めていたわけではないが、まとめて捨てようと1箇所に置いていたものだ。
瓶詰め商品の多い国だ。重い荷物を抱えて帰ったものだ。
これだけ多い瓶は再利用されるのだろうか。
ビニールなどの燃えないごみと一緒に捨てるようになっているのだが・・・。
一日中晴れ間のない日だったが、午後から出かけた。
休日には各所へ出かけたが、それももうこれで最後になる。
何度も通ったアウトバーンはもう珍しくもないのだが、今回は記念に写真を撮った。
このスピードにも慣れてしまった。 ▲
■出かけたのは、北へ片道約1時間の場所にある「自動車試験場の公開会場」だった。
BOSCHという自動車の部品を作る会社の自動車試験場の公開があったのだ。
自動車試験場は日本にもある。広島にもマツダの試験場が三次市にあるが、内部は非公開だ。
この会社は自動車メーカではなくて部品メーカなので、自動車会社ほど秘密厳守でもないだろうが
一部高い塀に囲まれて外から見れないような立ち入り禁止の場所もあった。
当日のチラシを追加
Boxbergというのがここの場所の地名らしい。ネットで調べたら載っていた。
1980年代にボックスベルクは、ダイムラー・ベンツ・コンツェルンのテストコース建設計画に反対する市民運動「ブントシュー」(直訳すると「農民靴」で、ドイツ農民戦争の際の農民蜂起軍の旗印にちなんで命名された)によってドイツ全土で知られるようになった。
連邦憲法裁判所が建設に必要な土地の接収は許されないとの見解を示したため、テストコースは建設されなかった。
しかし、これよりも小さなテストコースがボッシュ・コンツェルンによって運営されている。
ロバート・ボッシュ社はヴィンディシュブーフ地区に広さ94 haの広さのテストコースを有している。
あいにくの雨模様で条件は悪かったが、それでも大勢の人が来ていた。
やはり男性や男の子が多い。車好きにはたまらない催しなのだろう。
自動車走行テストコースの見学から。ものすごい音を立てて車が走っている。
一般参加の車が走行しているのだという。
去年は事故もあったとかで、消防自動車や救急車なども待機していた。
鉄道好きも多いが、このような自動車好きの人も多いようだ。
夕方4時には走行は終了したので、別の会場に行ってみた。
▼走行後の車が、ずらりと並んでいる。 アフリカのどこやらの国の大統領専用のベンツ車だとか。▼
屋内でも部品の展示などがあった。日本語版の本もあったのだ。
ミニチュア車のレース競争もやっていた。子供にも楽しめる催しになっている。
テントの中ではミニチュアの車が売られていた。
孫は幼いながらやはり男の子だ。車に興味関心を持ったようだ。 しかし、雨の水溜りが気になる幼い子でもある。
今回のドイツ滞在中も、あちこちと様々な所に連れて行ってもらった。
動きの激しい幼子を連れての観光はゆっくりとも出来ないが、それでも良い記念になった。
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