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4月19日(木)ドイツ滞在3日目
朝6時15分、聞き慣れた私の携帯電話の呼び出し音で目が覚めた。
まだ睡眠のリズムがついていなくて時差ぼけ中で、夜中の2時半に眠ったばかりだったので
まさに眠りの最中だったのだ。日本の夫からだった。
ドイツ到着後一度娘がメールをしたらしいが、その後音沙汰もなくて心配して電話をしたという。
こちらは滞在2日が経過したが、どうにかやっていて心配しているとは露知らず連絡もしなかったのだ。待つ身にはもどかしく、いらいらしたのだろうと推察。
まだネット接続をしておらず、私はメール連絡もしていなかった。固定電話ででも話すべきだった。
孫と一緒の日中はあっという間に時間が過ぎて、ゆっくりとすることもない。
夜は眠られなければ読書をすることもあるが、まだネットがつながっていないので出来ない。
夕べは夜9時半にはベッドに入ったので、さすがに1時に目が覚めた。
目が覚めると本でも読んでいるうちにまた眠くなるのだが、PCはあるので文章でも打つ。
時間があるうちに記録を書いておけば、後々役立つだろう。
1時間もすればまた眠くなる。今はその繰り返しになっている。
東に面した窓が一つの部屋で、朝日が差してきている。4階なのでさすがに日が差すのが早い。
夜は8時半くらいまで明るいのに、朝は日本と同じくらいに明ける。
窓のシャッターを全部下ろさずに3分の1ほど開けておけば、
明るさで朝を知らせてくれるので、目覚まし時計はいらない。
朝はパンと暖かいお茶、そしてヨーグルトや果物などで簡単に済ませる。
冷蔵庫には野菜も買ってあるがつい作る気にはならない。一人生活というものはこんなものか。
まあ、夜だけの生活だから全く苦にもならない。
ドイツ語はしゃべれないが、アパート内のほかの人ともあまり出会うこともないので、しゃべることもない。
時折出会った人には「モルゲン(お早う)」くらいの挨拶はする。
9時ごろになれば孫の待つ家に行く。歩いて5分だ。あまりに早く行っても眠っているのだ。
部屋の温水暖房が効いているおかげで寒さ知らずだが、朝晩の外気はさすがに寒い。
今年もコートを持参した。日中は暖かくなる。それでも、真夜中にはその暖房を切る。
目盛りを小さくしているが、布団の中は暖かくて暖房はいらないのだ。
午前中には孫と娘と3人で散歩を兼ねて買い物をする。
昼食を取った後孫が昼寝をするので大人も寝る。その後はまた散歩に行くか、家の中で遊ばせるかする。
孫は相変わらず掃除好きで、何でも大人の真似をしたがる。
3時のおやつに娘が焼いたチーズケーキを食べた。美味しく出来ており、楽しくいただけた。
3食離乳食を食べさせ、夕方お風呂に入れる。その後大人の夕食。
この日はたまたま娘が夕方から出かけたので、私が一人で孫の世話をした。
3日目で大丈夫だろうかと不安な思いで娘は外出したが、孫は案外懐いてくれた。
そのうちにパパも帰ってきたので、何の心配も要らなかった。
孫を寝かしつけるようになる頃、私もアパートに戻る。そんな繰り返しの日々になっている。
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2012年04月21日
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4月18日(水)ドイツ滞在2日目・写真を追加しました。
夜中の2時過ぎに目が覚めた。4時間眠った。その後2時間ほど起きて、荷物の片づけをした。
再度眠って目が覚めたら、朝7時だった。その後、娘の家に歩いて行った。
実は、今回の滞在は娘の家ではない。別の部屋を借りたのだ。
前回は孫もベッドの上でどうにかなったが、今は成長して動き回るし、おもちゃも増えて
私の部屋が確保できにくいので、別に部屋を借りたのだ。
教会の世話で、修道女さんの家のアパートの1室が借りられたのだ。
娘の家から5分程度の近さで、3階アパートのさらに上の屋根裏部屋だが、結構快適だ。
教会関係ということで、寄付金名目で一日1000円程度の格安で泊まれることになった。
ベッド、ソファー、机、簡単なキッチン、冷蔵庫、食器、電気スタンドもある。
バス、トイレ、洗面台はいったん部屋を出て、隣の部屋にあるが専用である。まるでホテル並みだ。
ネット回線も来ているのでパソコンもできるが、接続作業がまだなので週末になる。
娘はIフォンを使うのでのパソコンを私が使って良いという。2日目に持って帰って、文章作成をした。
食事は、朝は簡単に自分で食べる。昼と夜を娘宅で食べて、夕食後、アパートに戻る。
テレビもないので、やることは読書かパソコンしかないのだ。早くネットがしたい。
ブログもそうだが、日本との連絡をメールでしたいし、写した孫の写真も送りたいのだ。
娘と孫と3人で近くのスーパーへ買い物に行った。私の部屋の食品も買い置きがいるからだ。
午後からは3人で散歩。その前にアパートの部屋の鍵でトラブルを起こして焦った。
最初からかかりにくい鍵だったが、その日はドアの外にバッグを残して内側からかけた鍵が開かなくなった。
バッグ内のケータイがなっていても出ることもできない。娘からだったのだ。何のことはない。
鍵はオートロックではなくて、内と外とでは開閉が反対になるのを慌てていたため逆に何度かやっていたのだ。
本当に焦った。こんな所で閉じ込められたら、どうしようもない・・・。
夕方、孫を風呂に入れ、離乳食を食べさせる。そのうち帰宅した婿さんと3人で夕食。
そうこうしているうちにもう8時半、孫も眠るので私もアパートに戻る。
一日に2度の外出で、歩数計は13786歩を指した。ドイツに来ると歩数が跳ね上がる。
おまけに坂が多いし、宿泊しているアパートも4階まで歩きだからなおさらだ。
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ネット接続が完了したので、ブログをやっと書くことができます。
今回は長女の家ではなくて、アパート住まいをしています。詳細は次回にでも。
4月17日(火)
日本出発からドイツ到着まで(ドイツ滞在1日目)
出発前日早く寝たので、朝の3時過ぎには目覚める。その後眠られないので起きる。
朝1番の新幹線6時5分に乗る。博多着7時38分。
地下鉄2駅10分で福岡空港駅に到着。その後、国際線ターミナル行きの無料バスで15分。
8時半にやっと空港に着く。出発2時間前ギリギリとなる。
スーツケースは20キロ、手荷物は10キロと重くなったのでコロつきの中型スーツケースに入れ
さらに手近に持ちたいものを手持ち袋に詰めたため荷物が3個になった。
この状態での移動は案外厳しい。
エスカレーターは危なくて使えないので、エレベーターを探す必要があるのだ。
今回初めて利用する大韓航空のチェックインはかなりの列。福岡空港利用も久しぶりなので迷う。
まずはスーツケースの「預け荷物の機械チェック」を受ける。
次は「チェックイン」。持参したEメールチケットを見せて、「搭乗券の発券」を受ける。
あらかじめ予約した席をさらに希望を言い、前部分が広い場所に変更してもらう。
しかし、それは福岡〜韓国・仁川間のみで、仁川〜フランクフルト間は確保できなかった。
「荷物の重量検査」もOK。何度も家で計ったので、これは当然か。
大韓航空(コリアンエアー)は初めてなので、マイレージのたまる「スカイパス」に入会。
今回搭乗分から加算される。
次は「搭乗手続き」で、まずは「手荷物の機械検査」。液体などは没収される。
検査は厳しかったが、重さや個数などは何も言われなかった。
「出国審査」の後、9時10分過ぎに「搭乗待合室」までたどり着き、やっと一息つく。
家を出たのが5時半だから、ここまでで3時間40分たった。サンドイッチと飲み物を口にする。
ここ2回のドイツ行きは広島空港を利用したが、これは車で家から50分もあれば空港に到着する。
それに比べて、福岡空港利用はやはり時間がかかった。でも、関空や成田よりは楽か。
搭乗待合ロビーでは飛行機に乗るまでゆっくりと出来る。お店も多い。
福岡なので「ひよこ」の3分の1大の試食用を焼いていた。それを頂き、お土産用にも買った。
10時搭乗開始。10時半飛行機は動き出すが、実際に離陸したのは10時50分になっていた。 離陸後しばらくしたらサンドイッチとジュースが出たが、11時55分にはもう韓国・仁川空港到着だ。
仁川空港利用はもう今回で3回目で慣れたものだが、広いので歩くこと歩くこと。
15分以上歩いて「トランスファー」入り口にたどり着く。
次のフランクフルト行きがすぐなのでゆっくりと出来ない。
12時50分乗り込み完了なのだが、「離陸」は実に13時半だった。この時間のかかりようは何だろう。
これから11時間にも及ぶ「長い機内での生活」が始まる。
福岡〜仁川までの飛行では韓国語、英語、日本語だったが、仁川〜フランクフルトでは日本語はない。
英語に耳を凝らさないといけないのである。
飛行機の中ではできるだけ眠るようにした。それでも眠られない時は軽く新聞を読んだりした。
根をつめて読書などをすると、目が冴えて困ったことがあるからだ。
映画「HTE IRON LADY」(マーガレット・サッチャー・鉄の女)」があったので観た。
出発前に見たかった映画なのだ。ただし、韓国語と英語版しかなく理解は難しかったが、
筋はある程度知っていたので、どうにかわかった。作品全体の出来も良かったし、
何よりも主役を演じたメリル・ストリープの演技力はさすがだとうならせるものだった。
スタートしてしばらくして高度が1万メートルほどに達すると飛行が安定する。
その頃になると「機内食」が出だすのだ。14時にまずは「ナッツと飲み物」がでた。
小さなナッツの袋は物足りないのか、欧米人は一人で2〜3袋ももらっていた。
15時(日本時間)に「食事」が出た。パンと肉の洋風と、ビビンバの韓国風からの選択だ。
毎度「韓国風」を選ぶ。洋風は今後何度か食べられるだろうから。
ビビンバを主体として、わかめ汁、漬物、デザートは紅白もち(rice cake)だった。
時に食べ方に迷って、隣の韓国女性に聞いたが、英語での会話は通じないようで、
身振り手振りでどうにか教えてもらった。
その女性に2度ほど飴をもらった。大阪女性も「飴食べない?」とよく言うようだが、なんだか似ていた。
19時に軽食に「おにぎり」が出た。韓国には海苔もあるのでみな食べていたが、
ビニール包みのとり方が難しいらしくて困っていたので教えてあげたが、海苔がばらばらになっていた。
「かっぱえびせん」もあったが、どちらか選択らしくて、口にはできなかったのが残念。
1歳前後の女の子と3歳前後の男の子を連れた夫婦が最前列の優先席に座っていた。
歩き出した女の子は、時折歩きたがったり、泣いたりととにかくじっとしていない。
FA(フライトアテンダント)さんもあやしたりしていた。泣かれると困ることもあるのだろう。
小さな子供の長い飛行は大変だとつくづく思ったのだ。
余談だが、FAさんは何とも美人が多い。まるで韓国映画のヒロイン女優のような人もいた。
その後、何度か飲み物は出たが、ワインやビールは絶対飲まなかった。悪酔いが怖いからだ。
オレンジやパイナップルジュースやスプライト、紅茶やコーヒー、水、そして日本茶もあった。
22時に2度目の「食事」。「ヌードルかポテトかの選択」で、ポテトを選んだ。
シーフードをトマト味で煮込んだものだった。サラダにパン、フルーツ付き。
これを最後にその後はちょっとした飲み物程度で、そろそろ着陸も近い。 現地時間の18時前に「到着」予定だ。(日本時間ではもう25時になる。)
朝、5時半に家を出てから逆算すると、19時間半ほどかかってフランクフルトに到着だ。
もうこの頃には「現地時間に時計を合わせる」。
その後、「入国審査」の列に相当の人が並んでいた。
6つの窓口は、ヨーロッパ系とそれ以外が半々で、ヨーロッパ系の3つの窓口には人が少なかった。
外国人があまりに多いので、その後窓口6つ全部がそれに変えられたが、それでも時間がかかった。
最後は「機内預け荷物の受け取り」だ。今回はかなり手間取って、なかなか見つからない。
2つのターンテーブルから出てくるのを、うっかりして片方ばかり見ていたのだが、
見つけるまで相当の時間が経過した。実際に荷物もかなり多かった。
入国審査と荷物受け取りに1時間もかかってしまい、婿さんを随分待たしてしまった。
空港から車でまたしても2時間かかるのだ。
アウトバーンを120キロほどの走行で飛ばし、1時間半でやっと娘の家に到着した。
もう8時半。疲れと眠気もあるが、まずは孫の顔を見てから。まだ起きていた。
ずっと写真で見ていた孫は、会ってみると何とも「ちっこい」のに驚いた。
それでも、なんだか不思議そうにはしていたが、はしゃいで笑ってくれる。愛嬌良しの子だ。
その後、早々にベットに入った。それでも、荷物の片付けなどを少ししていたら、22時の就寝だ。
日本時間でいえばもう翌朝の5時になるが、もう日本時間に直すことは止めた。
長い長い一日が終わった。ヨーロッパ旅は時間がかかり、体力も気力も要るのである。
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