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◆昨日は洗濯や掃除、服の片付けなどをした。
2月から3月は花粉が飛ぶため、思うように布団も干せずにいたので、久しぶりに
シーツをはずして布団を干したかと思うと、雨が降り出して慌てて取り込む始末だ。
次女の服や寝具も片づけ、衣装缶を出して服の入れ替え準備などにも取り掛かった。
しかし、いつまでもこんなことばかりしていても仕方がないと思い直して、
午後からはドイツ旅の準備を少しはする。
海外旅行保険はネットで入ると、かなりの割引がある。それでもあれこれ手続きは面倒だ。
保険料はクレジット決済なので、ネットでは気を使う。家に居ながらにして出来るのは便利だが。
航空会社のHPから会員入会手続きをするが、かなり詳しく書き込みをしなければならず
どうもうまくいかない箇所があって時間を取られた。
出発当日でも窓口で手続きはできると言うので、途中で作業を止めた。
その他、荷物の重量制限や乗り遅れた場合のチケットの扱いなどを調べたり、
分かりにくいことは電話で聞いたりした。
こんな作業も時間を取られるものだ。前回と同じ航空会社なら良いのだが今回は違うので
あれこれわからないことがあるのだ。
◆ここしばらくは毎日こんな調子だ。ブログ記事も同じ傾向で面白みに欠ける内容だ。
気分転換に、3月の27日(火)のテレビ局のモニター会があった日のことを書いてみる。
家を早めに出たので時間を潰すために「旧日本銀行広島支店」の「折り鶴展示」を見に行ったのだ。
これも早く書かねば忘れてしまいそうなので、今のうちに書き留めておくことにする。
この建物は被爆建物で、原爆投下当日石段に座っていた人の影が残っていたことで知られるが
現在はもう銀行として使われていないのだ。爆心地から360メートルの場所だ。
2000年から市が譲り受けて維持管理し「折り鶴展示場」として一般に無料公開している。
1階は銀行業務に使われていた部屋だ。天井の高い重厚な建物だ。展示場は2階と3階にある。
1年間に寄せられた折り鶴1200万羽のうちの700万羽がここに置かれている。
かなりの数だ。数部屋にぎっしりと飾られているのだ。
折り鶴を寄せた人々の思いを大切に保存しているものなのだ。
今はもう壊された旧広島市民球場に以前は展示されていた。記事に書いたこともある。
記事を探してみたが見つからない。記事数が多くなり、見つけにくくなっている。
一つの記事に2つ以上の内容があると、タイトルも書庫もどちらに分類するかで変わってくる。
すぐ隣にある「頼山陽史跡資料館」にも行ってみようと寄ったが、休館だった。
仕方がないので近辺を歩いているうちに見つけたのが「袋町小学校・平和資料館」だった。
ここにも折り鶴や当時の様子の写真などが置かれていた。
爆心地から460メートルの場所にあり、当時の小学校関係者はほぼ全滅に近かったという。
壁に残されたチョークで書いた「伝言」があった。
旅行者らしい人や、学校関係者らしい人たちがいた。
市内の人よりは、むしろ市外から来た人たちがやって来ることが多いのかもしれない。
私は市内に住んでいながら知らなかった場所だったのだ。
この日は2か所の原爆関係の見学ができた。
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