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京都旅の振り返りと写真追加①・3月15日(金)のこと
◆昼食は京都ブライトンホテル隣にある中華料理屋「kuri」で。
京都で中華とは何とも不似合いだが、これが結構美味しかったのだ。
店主はホテルで10年以上修行を積んだ後2年前に開店したお店で、店内はきれいで接客も感じが良かった。
本当に美味しく上品な味だったが、引っ越し気分で写真も撮る気にならなくて、後になって残念だと思えた。
◆午後から出かけたのは「新島襄の旧邸」だ。(京都市上京区寺町通丸太町上ル松陰町)
京都御苑を通り抜けて行く途中に、遠くに大文字山が見えた。夏に見たあの大文字山だ。
「新島旧邸」は「八重の桜」効果でかなりの人だった。私は大河より前に新島襄の伝記も読んでいたし
NHKのヒストリアでこの建物のことを見ていたので、行ってみたかったのだ。
八重さんも良いが、襄さんの生き方はかなり面白いのでこの人の大河こそドラマになりうると思うのだが。
見学者も多くいた。娘が事前に予約をしてくれていた。無料公開だ。立派なパンフレットも貰った。
新島襄は21歳から31歳までをアメリカ生活をしている影響から、この家もかなりの洋風だ。
しかし、京都の大工が作った和に洋を取り入れた建物だ。
バルコニー、セントラルヒ―ティング、フローリング、ダイニングキッチン、洋式トイレなど
当時としては画期的なものだ。
襄は八重のために台所仕事をしながら外の梅の花が眺められるように設計したという。 ▼
BSTBSがロケをしていた。女性はよくテレビに出ている人だというが、私は知らなかった。
高畑アナウンサーといい、夫は色々と話しかけていた。
男性はよく見かける気がするが、誰だったか思い出さなかった。5月1日に放送されると聞いた。
京都最後の観光チャンスに良いものが見られた。(さらに続く)
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2013年03月18日
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3月17日(日)京都4日目・最終日・いよいよ荷出しの日。
◆最終日しか出来ないことも多く、それが結構きつくなるのは毎度経験済みだ。
起きてすぐに寝具を布団袋に詰め、最後の洗濯もする。
段ボールの中身を確認して、ガムテープで封をする。これは娘本人の役目。
これで昼までにどうにかすべてが終了。
引っ越し業者は12時から15時の間に来るという。
それでも、今はこれだけの時間を限定してくれるので、随分楽だ。
「午前」か「午後」程度の指定しかない頃もあったのだから。
外食するといつ連絡があるかもわからないので、昼食はコンビニ食品で済ませる。
コンビニもよく利用した。昔はコンビニもなく、どうしていたのだろうと娘は言う。
◆待っていても中々連絡がないので、娘お勧めの店に私が自転車で行くことにした。
とにかく美味しい生菓子屋さんだという。いつ行っても大行列だが、味は保証付きだ。
自転車で15分ほどかけて行くと、すでに50人以上は並んでいたが
店員も多いので流れは早くて、待つこと15分で買えた。
「京の生菓子・出町ふたば」の「名代の豆餅」と「草餅」を買ってみんなで食べた。
誠に美味しい。生菓子はその日のうちに食べないといけないほどのものだ。(詳細はまたいつか)
◆出かけているうちに連絡が入り、もうすぐ来るという。
荷積みはすぐに済むかと思ったが、案外手間取って時間がかかってしまった。
最後に不動産業者が来て、最終チェックをしてすべて終了。
広島の我が家へ持ち帰るものも多く車内は一杯だが、京都駅へ行く娘をどうにか乗せて送った。
今回は夫も一緒の車利用で何かと便利だったが、マンションには駐車場がないので置き場所に気を使った。
帰りは休み休み帰ったら6時間近くかかり、もう23時前だ。4日間の全走行距離902.5km。
引っ越し作業は、自分や娘たちのものも含めて何度経験しただろう。
やはり一人よりは大人数ほど役立つものだ。娘にも感謝された。
それでも、自分の体力は年々落ちて行く。これが年を取ると言うことだろう。
アレルギーも少しは気になったがどうにか過ごせた。膝の調子も少しずつ楽になっている。
■3月3週目の記録
11日(月)東日本大震災から2年・遅れたがお雛様を片付ける・膝の注射②
12日(火)実家行き
13日(水)前夜から眠られない日だった・掃除機で丁寧掃除
14日(木)午後から夫婦で車で京都へ・夕食は親子3人で外食
15日(金)京都2日目・午前中片付けをして午後から出かける
16日(土)京都3日目・前日と同じパターン
17日(日)京都4日目・荷出し・やっと広島に戻って来る
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