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今日は原爆の日。原爆が投下されてから69年が経つ。
広島の地は毎年この日は鎮魂の日となる。
今日は朝から大雨が降り、式典開始前からその影響が気になっていた。
広島県西部、山口県東部などには大雨が降り、道路や列車にも影響が出ていた。
各地で土砂崩れの恐れが懸念されるほど、雨がずっと降り続いたのだ。
私も夜中に何度も目が覚め、朝から寝不足気味だ。5時にはもう起きた。
ここ何年かは、式典はテレビでの参加。
式典参加はかつて一度だけある。
⇒「61年目の原爆の日、式典に参加 」 2006/8/6(日) 午後 3:13
今年は何よりも雨の中の式典となり、これは43年振りだとか。
例年は朝から暑い日差しが照り、式典最中はかなりの暑さで、参列者の体調が心配なほど。
原爆投下当日を思わせる暑い気候が繰り返されたのだ。
今年は多くの人が雨合羽を着ての参列だ。傘をさすと邪魔になるからだろう。
↑(ネット画像より拝借) もう69年もたったかと思うが、何とも長い月日でもある。
被爆体験者もかなりの人が亡くなっており、現存者も高齢化している。
現存者は貴重な生き証人だ。「語り部」としての重要な任務がある。
どんな大きな出来事や震災などでも、月日とともに人々はそれを忘れて行く。
「風化」は世の常だ。
広島の地として出来ることを成し得なければならない。
毎年その思いを新たにするのである。
▼散歩途中で見つけた広島市の花「夾竹桃」(きょうちくとう)」 戦後の広島を象徴する花だ。
広島市だけの花かと思ったが、全国には他にもあったのだ。
市町村の花・木
このほか、長崎県佐世保市でも市の花に指定されていたが、
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先週から今週にかけて雨が本当によく降った。
今朝も5時前からかなり酷い雨になり、その雨音で眠られなくなった。
我が町には川が流れており、降雨の後は水かさが一気に増す。
そして流れも速くなり、轟音とともに流れる。
新興住宅地で、山を造成しては家が立ち並び、山肌にへばりつくように家が建っている。
県道も走っており、バスも10分ごとに走るほどで、車の通過も多い。
広島駅までバスで20分もあれば出られる便利が良い場所だが、
その割にお店が少ない。特に食べ物屋があまりないのだ。
先日ローカルテレビで我が地が取り上げられていたが
「車の往来は激しいが、何にもない所だ」とやっていた。
そして、いつまでも田舎の風情が残る。これでも広島市内なのだ。
散歩途中には、田んぼがあちこちに見られる。
山肌は切り開くのに、この広い田んぼはいつまでも住宅地にならないのも不思議だ。
田んぼが多いので、この風景だけを見るとどんな田舎なのかと思う。
小高い丘が見える。木々が生えており、竹の木が多い。
1月の「とんど祭り」にはここの笹を切って使用するのだろう。
この丘は「戦国時代の○○氏の居城」だったそうだ。近くに説明板がある。
○○には苗字が入るが、この地の名前の由来となっている字が入る。
一時期はほとんど消えていたホタルも、住民の努力により最近復活してきている。
「広島市内に一番近いホタルの見える町」が売りだ。
当地に住んで30年近くになるが、いつまでもよそ者意識が抜けなくていけない。
それでもよくよく考えてみれば、新聞の「タウンリポート」でかなり紹介しているし、
実家で暮らしたよりも長く住んでいることになる。
おそらく自分自身はこの地でこの後も暮らすであろうから、一番長く過ごす場所になる。
子どもたちは生まれた場所ではなくて、中学校から地元の学校へ行ったので
「途中からの住人」意識が抜けないようで、その後の都会の便利さにも慣れれば、
この地の不便さが気になるらしく、故郷意識があまりない。
自然あふれる土地で、住めば案外素晴らしい地なのだ。
これからも地域に密着し楽しく生活を送りたい。
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