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昨日、たまたまテレビをつけていたら地元RCCが「第九ひろしま」をやっていた。
テレビ番組紹介欄には「母へ!平和へ!感動のタクト 山下一史 夏川りみ」とあった。
「第九ひろしま」は1985年から続くもので、今年で31回目になる。
その20日(日)に行われたものの録画放送だった。
後で知った新聞紹介欄にはこう書かれていた。
「指揮者は国内外で活躍する広島市東区出身の指揮者・山下一史さん。被爆者の母を昨年亡くした。被爆70周年のコンサートは、一層広島への思いと平和への思いをタクトに込める。第1部のゲストは夏川りみ。1700人の合唱団と奏でる感動のフィナーレを届ける」
私は1度だけ鑑賞に行ったことがある。ゲストに黒柳徹子さんが来た時だから
1989年、第5回のことになる。それ以後見に行っていない。
指揮者の山下一史さんは22回から4年連続指揮をしている。そして今回もそうだ。
渾身の指揮で、汗だくになりながら指揮をしていた。
山下一史さんについては、以下の様な経歴だ。
1961年広島市生まれ。中学校の途中で単身上京し、桐朋学園中学、高校で学ぶ。
指揮を小澤征爾らに師事。桐朋学園大学卒業後、ベルリン芸術大学に留学。
1986年デンマークで開かれたニコライ・マルコ国際指揮者コンクールで優勝。
1985年12月からカラヤンの亡くなるまで彼のアシスタントを務め、
以後、デンマーク放送交響楽団などを指揮、着実にヨーロッパでの実績を重ね、
1993年から1998年までヘルシンボリ交響楽団(スウェーデン)の首席客演指揮者を務めた。
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の公演で、急病のカラヤンの代役として
ジーンズ姿のまま「第九」を指揮、脚光を浴びる。
実は、私は中学2年生の時の山下さんを知っている。
勤務していた学校で、1年間だけ授業で教えたのだ。
当時から音楽に興味関心が強く、昼休憩には音楽室でピアノを弾いていた光景を思い出す。
今思えばのどかな時代だ。今なら授業後は鍵をかけて入ることなど出来ないものだが。
その山下さんのことについて書いた以前の記事。⇒
その後の活躍は色々目にしていた。今回テレビ番組では、
終了後に出演した人へのインタビューで、中学校当時の担任の男の先生が出た。
私もよく知っている人だった。参加していたんだと知って懐かしいことだった。
この先生も山下君も年をとった。もちろん私自身ですら同じだが。
当時からもう40年くらいたっているのだから当然ではある。
この第九ひろしまは、出演者1700人、聴衆と合わせて5200人とも言われるが
さほど大きなものではない。規模的にはもっと大きなものもある。
しかし、実際その場で見ればかなりの迫力であることは確かだろう。
近頃は出かけることが少なくなった。コンサートにも長らく行っていない。
以前は、クリスマスイブには何年かクリスマスコンサートに行ったものだが。
外出が億劫になると、心身ともに鈍って来ている気もする。
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■中国新聞「天風碌・12/27」によれば・・・
「指揮者は激務・・まばたきより短い演奏のずれも聞きわけ、指示を出す。
タクトを振る回数が何と2万回以上に及ぶ日さえもあるという。
首や腰のあたりにガタのくる指揮者もめずらしくはない。・・・・」
何とも大変な仕事ではある。どんな仕事も大変ではあるのだが。
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