美しく歳を重ねるために

13年間は長いようであっという間だった。交流のあった方々有難うございました。新ブログfc2をよろしく。

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昨日は実家行きの日。前回は16日(月)だったので、10日振りだ。
1日中雨が降った。私が行く日に限ってよく雨が降る。
雨でも無視してシーツなどの大ものを洗濯して、軒下に干した。
 
後はいつも通り。野菜と厚揚げの煮もの、大根なます、即席バラ寿司、ソーセージ入りスクランブルエッグ・・・などを作った。
 
父は相変わらずだが、自転車に乗ることをいまだに諦めていないらしく、先日乗ってみたらしい。
結構な運動量になって、帰りは疲れきったという。
おまけに、片目にクマが出来たという。慌てて病院へ行ったら「血液をサラサラにする薬を飲んでいるので、それが影響しているのではなかろうか」と言われたとか。
とにかく、無理は禁物だ。「自転車はもう諦めなくては。」と言ったのだが・・・。
 
前回、実家に行った時に父に読んでもうために持参した本。
 
阪上史子著「大竹から戦争が見える」ひろしま女性学研究所発行・2016年2月初版

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地元・中国新聞の「読書」欄に紹介があった本だ。

著者は1946年広島県西の端・大竹市で生まれ育ち、地元大学卒業後、
兵庫県の公立高校教諭を定年まで勤めあげ、2007年に退職。宝塚市在住。

2001年中国の海南島戦跡フィールドワークに参加時に、思いがけず大竹との深い関係を知った。
その「2つの土地の接点に自分がいるという実感から、調査の原動力となった。」
その後ひんぱんに大竹に暮らす母を訪ね、市役所や図書館に通い歩き回った。
 
人口3万人弱の大竹市は、今では石油コンビナートで知られる町だが、
歴史遺産たっぷりな町でもある。1608年に出来た亀居城は今は城跡が残っている。
玖波本陣もあった。
1866年の第2次長州戦争の最前線地(芸州口の戦)。
島倉千代子の歌った「あゝ征長隊」には<大竹口に陣を布く>とある。
その作詞の石本美由紀さんは大竹の人。ヒット曲「憧れのハワイ航路」は大竹港のことだ。

明治以降は海の埋め立てにより新開が出来た。終戦前後の激動の時代。
大竹海兵団では15万人もの人がここで軍事訓練を受け潜水学校もあった。1945年4月に
沖合で訓練中の潜水艦が沈没して115人が死ぬという事故があったことはあまり知られていない。

広大な軍用地。軍人用住宅は200戸もあり、海軍都市だったのだ。
それらは戦後、国立病院、中学校、高等学校、警察学校、民間企業に転用や払い下げされる。
農地改革により耕作者への売却もされた。
戦後の進駐軍は、米軍、英国軍、ニュージーランド軍が担当した。

全面返還は1961年までかかり、その後は工場誘致が進み、大工場地帯となる。
今では夜景観賞スポットとして西日本第4位にランク付けされている。
 
日本全体では660万人もの引揚者がいた。大竹港への復員引き上げ者は41万人。
そのうち300人が第2の故郷として住み着いた。
税関や検疫病院などもあり、業務従事者が約1000人もいたという。
大竹市の2005年のメモリアルイベントのために、
映像「大竹港引き上げの記録」をアメリカ公文書館から入手をしている。
 
企業城下町大竹だが、著者は三菱レーヨンに住んでいた「社宅住まい族」だったのだ。
そこでの生活も描かれている。工場建設と拡張のために多くの人が移り住んだ。
飯場、朝鮮人(400人)、中国人のことも出てくる。
逆に、明治以来大竹市は、ハワイ、ブラジル、ペルーへの移住もあった。
前述の「憧れのハワイ航路」がそうだ。

1945年9月の巨大台風「枕崎台風」は、死者が3000人にも達したものだが、
広島県呉市では山津波で2000人の死者が出た。京都大学の原爆被害者調査と治療のための
大野陸軍病院では、山津波で176人もの死者が出ている。
救出に大竹海兵団、潜水学校生徒が対岸から船で駆けつけた。
 
1947年12月に天皇陛下の大竹訪問(天皇行幸)があった。36分の滞在後宮島に向かっている。
 ・・・・・・
読めば読むほど歴史の歩みを感じる本だ。父もこの本にいたく感動していた。
「本当によく調べている。自分もあらゆることを知っているつもりだったが、
知らないことが多かったほどだ。」と言っていた。
単なる調査結果だけでなく、自分の育ってきた思い出話などもたくさん盛り込み、
身近な話として読みごたえがあり、完成された本になっているのだ。

それでも、関係者以外にはあまり関心がないかもしれない。
戦争関係者ももう数えるほどになった現在だ。「戦後は遠くなりにけり」ではある。

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■「藤原家のたからもの」藤原美子
集英社・2016年1月第1刷発行
 
著者は心理学者、エッセイスト、翻訳家。
夫は、数学者でエッセイにも定評があり、
ベストセラーになった「国家の品格」の藤原正彦さん。
夫のエッセイにも妻はしょちゅう顔を出す。

アメリカプリンストン生まれ。お茶の水女子大修士
(発達心理学)修了。男の子3人の母。
心理学の教鞭をとり、執筆活動を続けている。

題名が示すように、藤原家の宝物についての話だ。
義父母の作家の新田次郎と藤原ていさん夫婦も登場する。



生まれた子が3人すべて男の子だった時の、出産時の夫の態度が出てくる。

京都の出町ふたばの「黒豆大福」「豆餅」のことも出てきた。

昔過ごしたイギリスのケンブリッジを訪ねた後から、隣家の住人から熱烈なラブレターが
届いたという話。そのラブレターの文面を載せているのにはびっくりするやら笑えるやら。
そしてそれは今、著者の大切な宝物になっているのだ。
 
夫も大した人物だが、妻もそれにも増してスケールの大きな女性なのだ。
ユーモアセンスも負けてはいない。
ある雑誌の書評欄には、この人を称して「只者ではない」とあった。

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