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朝食中にメールが入った。何だろうと見てみると高校時代の友人からだった。
朝刊に私の投稿記事が載っていると知らせてくれたのだ。
そういえば、この人は以前にも同じように知らせてくれたことがあった。
知らせがないと自分で知るのはかなり後になる。
早くに新聞を読んで、見つけるのはさすがだ。
そうこうするうちにファックスが届いた。
自身も投稿が好きでよく掲載される知人からだ。手書きの文章だ。
さすがに新聞掲載の反響は早くて、大きいものだと実感した。
11月26日に送った文章で、もう掲載されることはないだろうと思っていたものだ。
自分の送ったものを多少手直しされてはいるが、元の文を載せてみる。
亡き母のことを書いた文章だ。
◆断捨離で本をかなり処分したが、まだまだ残っているので、久しぶりに再度整理にかかった。
作業中に古い料理本が見つけた。もう20年も前の本だ。今のものと比べると写真は古臭いが、
料理そのものは役立ちそうなのでこの本は残すことにした。
パラパラとめくると、最後のページの空白の片隅に手書きのメモがあった。
母の字だ。平成7年8月の日付けがある。
入院中の母が、見舞いに来た人をメモしたものだった。
父と弟と私の3人が交代で泊まり込んだ。来た時間と帰った時間を丁寧に記録している。
母が自分のノートにあれこれメモをしていたのは覚えている。しかし、これは私の料理本だ。
私が持参した本にメモをしたのだろう。それがまた私の元に戻ってきていることに
何とも不思議な思いになった。
この時母は72歳。私は40歳代だ。母の病気はかなり重く、3人交代で付き添ったのだ。
3日に1回とはいえ結構きつかった記憶がある。現役時代で仕事もあった。
家には2人の子も待っていた。
現在は父の介護で週に2回実家に行っている。
この夏は父の体調不良や入退院などでかなり実家に泊まったが、
今は家で待っているのは夫だけで、夫婦とも仕事もしていない。
20年前と大きな違いがある。
それにしても、今回亡き母のメモ書きを見て、書いた文字は残るのだと言う感慨があった。
今どきのデジタル生活では、手書きの字を見ることが減った。
字を見ても誰の字かわからない時代になっている。
母の字を見て、在りし日の姿が浮かんでくる不思議な感覚になった。◆
私はブログ記事を書くことを日課のようにしているが、
夜のうちに書いて翌朝再度見て文を添削する程度。
日々あわただしくて、文章をじっくり練り直すこともない。
たまにはこのように丁寧に文章に向き合わないといけないとこの頃考えるようになった。
タウンリポーター記事の時たまの投稿も続けてはいるが、
これはこの仕事をやっている人が限られるので、投稿すればほぼ掲載される。
それにこれは朝刊ではなく、「第2の朝刊・セレクト」だ。
それに比べて、朝刊への投稿はなかなか掲載されることは難しいようだ。
地元の中国新聞でいえば、読者投書欄の「広場」、家庭欄の「こだま」、そしてセレクトの
「ひといき」・・どれもそう簡単には掲載されないようだ。
日々書きなぐるような文章よりも、
じっくりと書いて深みのある文章へと変えていく必要性を感じている。
高齢化の表れか、高齢者の掲載が多いのには驚かされる。
70歳代や80歳代の投稿者が多いのだ。
50歳代や60歳代ももっと頑張らねばと思う。そして私自身も。
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