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◆昨日は、一日中雨模様。
雨が降るとあらゆるやる気が一気に消沈する。
溜まっていた<ミシン作業>をしたり、<床の雑巾がけ>をしたりした。
◆話は変わるが、<ゴミ箱>について。
我が家は、以前に比べてゴミ箱の設置をかなり減らした。
以前は各部屋に1個は置いていたが、今は各階にメインを1〜2個にしている。
各部屋にあると、ゴミ集めは大変だ。捨てる方は近くにあれば気楽で良いであろうが。
実家の父を見ていると、座ったままで届く位置にゴミ箱を置いている。
捨てる方は楽だが、集めるのは大変だ。それも1個がみな大きい箱ばかり。
私がすべて小さいものに替えた。
このゴミ箱の数を減らすことは、単に数の問題ではない。
身近にゴミ箱がなければ気軽にごみを捨てることもないし、
ゴミがあれば遠くのゴミ箱まで持っていくことになる。
その結果、次第にごみが減っていくという効果がある。
今では当たり前になったが、町のゴミ箱が置かれなくなったのと同じ原理かもしれない。
●ドイツの長女の家のゴミ箱は、キッチンにある分別用の大きな3個の箱だけだった。
それでもすっきりといつも片付いていた。
長女の家がそうなのか、あるいはドイツというお国柄がそうなのかは不明だが。
ドイツ流の家事や片付けは合理的で主婦の憧れでもあると言われる。
すっきりと片付いているのは、婿さんがかなり几帳面なことにもよる。
夫婦2人でしっかりと片付ければすっきりとするはずだ。
我が家など、家の中の掃除は私一人がするのだから、1馬力と2馬力の差は歴然だ。
先般、ある小冊子にゴミ箱を減らすことの良さを書いていたのを読んだ。
ゴミ箱が多い家に限って家の中が片付いていないともあった。
我が家は、今ではたくさんあったゴミ箱が納戸の片隅に片付けられている。
●そういえば、よくよく見れば我が家には<時計>がたくさんある。
ドイツから来た孫が「どうして時計がたくさんあるの?」と言ったので気づかされた。
<カレンダー>も同じだ。各部屋に1つはある。
時が気になる性分なのだろう。日本人的と言えばそうなのだろうが。
どこの家もそうではないだろうが。
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家族や自分・家の事
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慌ただしかったこの1か月。
7月末の一時期は退院の話まで出ていた義父だが、その後急激に弱っていった。
8月には、ドイツの2番目の孫息子の1歳の誕生日もあり、夫の誕生日もあった。
連日暑さが続き、36.6度という酷暑も何度かあった。
ドイツの長女はお祖父ちゃん子でもあり、帰国したがったが、
帰国後のドイツに戻る飛行機便が取りにくく、もうすぐ孫(長男)の小学校入学も控えており、
帰国は難しかった。今年は5月に帰省しており、
その時がこの世での最後のお別れになるかもという思いは多少はあったかもしれない。
長女からは電報も届き、棺に入れる手紙も届いたので、義父には伝わっただろう。
次女は、平素は帰省の時間がなかなか取れないが、今回ばかりは急ぎ1度帰って来た。
話は出来なかったが、目や耳は機能しているようで、話しかければ目で頷いてくれた。
2番目の孫である次女のことは認識できたのだろうと思う。
次女は3泊4日を目いっぱいお祖父ちゃんに会い、後ろ髪を引かれる思いで戻っていった。
その後1週間もしないうちにお祖父ちゃんは亡くなり、
またしても急ぎ帰ってきたが、今回はもう話は出来ない。
臨終には間に合わなかったが、通夜、葬儀、火葬、骨上げまですべて立ち会うことが出来た。
今回も3泊4日滞在し、すべてを終え戻っていった。
今日は亡き義父の入院からちょうど1か月目の日。
長く元気でいたのに、最期は年なりに弱っていって病院のお世話にもなった。
でも、入院の1か月前までは自宅で過ごせたのだから、大したものだ。
さらにその少し前までは、2階の寝室まで毎日自力で上がっていたのだから、恐れ入る。
自分の老後を考えると到底真似が出来そうにない。
人間の寿命というものは、多少の長短はあるにしても別れはいつかは誰にでも訪れるものだ。
終末期の迎え方についても深く考えさせられた。
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別れ
夫の父(私の舅)が8月の暑い最中に天国へと旅立った。
昨年は<白寿>の祝いをしたが、今年の<百寿>の祝いは叶わなかった。
誠に心残りではある。
年に不足はなかったが、何歳であろうが悲しみに差はない。
人生を、明るく、楽しく、元気良く、勤勉に過ごした義父だった。
その最期だけは入院生活になったが、
手厚い看護を受け、本人も周囲も感謝しかない。
自宅で最期を迎えるのが理想だろうが、
1か月弱の入院生活は緊急事態に対応できる安心感が大きかった。
苦しむこともなく、植物が枯れるように安らかに人生を終えた。
子や孫に囲まれた最期の見送りまでをやっとすべて済ませた。
入院中、常に付き添った夫や義妹には疲労も残るだろう。
残務整理もまだまだ続く。
酷暑の中で体が心配ではある。秋の到来が待たれる。
別れを通して、生存中の思い出がたくさん浮かび、
人生の生き方や終え方など、様々な意味を深く考えさせられるものになった。
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◆昨日は娘と2人で私の実家の父に会いに行くことにしたのだが、
その前に婚家の父の所に寄った。娘は時間があれば毎日でも顔を見に行くと言うのだ。
付き添いの夫は食事もゆっくりと食べていないし、睡眠不足にもなっているだろうから、
体調が心配だ。2〜3食分を作って持参した。コンビニ弁当では野菜不足が心配だ。
しばらくいたが、実家に行く時間も気になるので出た。
◆実家に行く途中で、いきなり大きな音でサイレンが鳴り出した。
ちょうど広島市東区光町の消防署から聞こえてきたが、
あまりに大きな音が長く続くので、驚いた。一瞬何のことかわからなかったのだ。
今時はミサイルのことを連想してしまう。緊急のものだと狼狽した。
時間を見るとちょうど12時だ。終戦の日のサイレンだったのだ。
ラジオを点けても、1分間の黙とうの時間は全く音がない。
その訳を知らないと、放送事故でもあったのかと思ってしまうほどだ。
運転中なので、黙とうも出来なかったが。
◆実家へ行っているうちに13時になった。
昼食が遅くなったが、宮島口を過ぎて国道沿いのジョイフル・広島大野店で食べることにした。
(詳細は別途記事に)
◆父には何も言わずに突然行ったので驚いていたが、孫と話が出来て嬉しそう。
途中で買ったシュークリームが美味しいと言って食べた。 夫はこの日は泊りなので、夕食は娘と2人で焼きそばを作って食べた。
夕食は少なめに、空腹感があるくらいで眠るのが体調には良い。
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◆昨日は午前中は洗濯をしたり家事をして、昼食には冷麺を作って娘と2人で食べた。
娘といると、しゃべり続けて時間があっという間に経ってしまう。
「お母さんはよくしゃべるね」と言われた。夫といるとそんなにしゃべらないのに。
女同士で話が弾むのだ。
午後からは、またお祖父ちゃん(舅)の元へ出かけた。
駐車場で義弟夫婦と出会った。
義妹も夫もいて、舅を入れて7人が揃った。
舅はどこまでわかっているのか不明だが、娘の声かけに反応するが言葉はうまく出ない。
娘が5月の連休に帰省した時には、舅は今ほど痩せてもいなかったので、
その変わり様には驚いている。
毎年お盆には婚家も実家でも集まるのが恒例だった。
今年はともになしだったが、その代わりになりあれこれ話が出来て良かった。
その後は、姑の所へ。
娘は帰省中は出来るだけ会っておきたいようだ。そのために帰って来たのだから。
姑も耳は聞こえるのだろう、娘の問いかけに少しだけ反応する。
2人の見舞いが出来て娘は少しは満足したようだ。
◆夕食は出かけずに家で作って食べることにした。
娘は持ち帰りのパソコン作業もあるので、出かける気分になれないようだ。
いつもゆっくりとした気分になれない現状だ。
野菜をたっぷり使って野菜炒めを作った。
調味料もたくさん使いホイコーロー風にしたのだが、少し違った感じの出来になった。
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