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●広島市の平和大通り(百メートル道路)では、5月3日から5日まで フラワーファスティバルが行われる。 <2007年ひろしま・広島と世界を結ぶ平和の花の祭典>とタイトルがついている。 昨日も近くまで行ってみたが、 パレードのゴールとなる平和公園には「花の塔」が出来上がっており 着々と準備がなされていた。 東京の「明治神宮」の木々もそうであったが、 広島の場合は、原爆の焼け跡に道路を作る時に 昭和32年から33年にかけて、「供木」を呼びかけたのだ。 大通りは約4キロ、幅が100メートルある。 その当時は、短時間に多くの木を運搬するために どの木も6メートルに切りそろえられたということである。 世界各地からも協力を得ることが出来たのだ。 現在では、約150種類・高木だけで約2200本、 総計4000本もの木が生い茂っているのだ。 今ではその木々が夏のいい日陰になり、緑豊かな憩いの場所となっている。
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森林・自然・植物・環境問題
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●日本で初めての「桜葬墓地」は、東京都町田市の民間墓地の一角に 2005年に生まれたという。 町田の桜葬墓地は、桜の木の下に、個人・家族の入れる個別区画250と、 100人分の遺骨の入る共同区画がある。 遺骨は土に返る埋葬法で埋められる。 今はまだ若木の桜も、いずれ大樹に育つ。 死者の命が桜になってよみがえるのだ。 桜葬は樹木葬の一種だが、樹木葬が一区画に一本ずつ植えるのと違い、 桜の木の下で共に眠るという新しいものだ。 「地縁、血縁の強固な共同体の時代は終わり、緩やかな共同体の時代に入った。 そんな社会を形にしたのが桜葬だ」 と、市民団体「エンディングセンター」代表の井上さんは言う。 桜葬への関心は高く、自治体や研究者、寺院関係者らの見学があとを絶たないという。 ●樹木葬については、以前winterさんのブログで読んだことがある。 その時も、驚きをもって読んだものだが、 桜葬というものがあるとは、さらに新たな驚きなのだ。 最近では、葬儀も昔ながらの形式から変わりつつあるような気がする。 有名な人の葬儀を「近親者のみで密葬した」などという新聞記事を見かけるようになった。 本当に身近な人だけで別れを惜しむ方法は、理にかなっている。 生前会ったこともない人の葬儀に、 仕事上の繋がりから無理をして参列するのも、義理的でおかしなものだ。 葬式ですら変化してきているのだから、その他も当然変化があって不思議はない。 桜の下で眠る。そして桜は年々大きくなり、春にはきれいな花を咲かせる。
何と美しい光景ではないか。 墓石の冷たさと比べ、何とも心温まる世界が広がるのだ。 |
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●余りにもよく知られた「待機電力」 某電力会社のチラシに 「カンタンに出来るエコライフ」<待機時消費電力>についてあった。 小さなチラシだが、ブログを書くようになってからというもの どんな小さなものでも見逃すことなく、じっくり読むようになった。 <待機時消費電力>は全消費電力量の7.3%を占めるという。 特に大きいのは、 ビデオデッキ・エアコン・テレビ・電子レンジ・パソコンだ。 減らす方法は極めて簡単、主電源を切ることだ。プラグを抜くのだ。 でも、中にはタイマーに影響するものもあるから注意が必要だ。 ●かく言う私は、昔はかなり努力をしていたが、次第にしなくなった。 パソコンも出かける時はプラグを抜いていたのに、このところそれもしなくなった。 以前どこかでパソコンが火を噴いたと聞いていたのに、それもすぐ忘れる有様だ。 立ち上がりの余りの遅さに音を上げて、 今ではいつも「休止モード」にしている。これには電気はきてないと聞いたのだが・・・。 「スタンバイ」は電力消費しているということではなかったかな。 ●そもそも、「エコ」という言葉からして、余りにも馴染み深い言葉になったが、 初心に返ってみると、日本語のほうが怪しくなっている。 「生態学」、いや「環境保全」という意味で使っているのが現状だろう。 今や日本語に直すほうがおかしいほど定着しているが、
時には改めて日本語を見つめ直してみるのも、意識付けにはいいと思う。 |
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●市の広報誌「ひろしま市民と市政」の中に 「ひろしま漫歩」という連載ものがある。 もう60回を数えるほどだ。 新庄の宮のクスノキ「夫婦楠(めおとぐす)」について載っていた。 見出しには「広島の原風景・夫婦楠と神社の森」とある。 太さ6メートル、高さ30メートル、樹齢500年前後という見事な巨樹だ。 境内には様々な樹木が茂り、「社叢」−「神社の森」が作られているのだ。 原爆によりこれほどの規模の森はほとんどなくなったという。 この社叢は市を代表する巨樹群のひとつとして、 かつての太田川デルタの自然植生を今に伝えるものとして貴重なものだ。 昭和29年に県指定天然記念物に指定されている。 ●ブログを始めて、花や木、森などに興味関心が広がった。 他の人の文章を読むことにより知識は次第に増えていき、 さらに関心が増加するという好循環だ。 Winterさんの記事が大いに参考になった。 最初はなかなか理解できなかったのだから、 学ぶと言うことは、不思議なものだ。 「社叢」「神社の森」「鎮守の森」などという言葉も改めて知ったようなことだ。 いつかこの「新庄の宮の巨樹」を見に行ってみようと思う。
近辺の方で興味のある方も是非に。 国道54号線、大芝付近で、太田川デルタの北端にある。 |
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●今日の中国新聞朝刊「天風録」に <省エネ・木質ペレットストーブ>のことが載っていた。 写真も一枚載せたが、ストーブ自体を撮った写真はぶれていて使えなかったのだ。 このストーブには私も大変興味を持って、しばらく時間をかけてじっと観察をしたほどだ。 私は「チップ」と書いたが、本当は「ペレット」と言って、 ごみとして捨てられるかんなくずや端材を小さな塊にして、 まるで「薬のカプセル」のような形にしているのだ。 パネルの説明には「森林バイオマス資源循環」と見出しがついている。 ●木炭ストーブの経験はないが、 昔の風呂は、木で焚いて家庭ごみも燃やしていた。 随分手間隙かけて沸かしていたものだ。 現代は、ガスを使って、それこそスイッチ一つで沸かせるなど 昔を知っている者にとっては、贅沢な思いが今でもする。 ストーブも同じことだ。 新聞記事によると 「森の資源を無駄なく使い、山林再生にもつなげるシステムづくりが目標。 今はまだ、石油やガスストーブの燃料より割高ですがね。」 と真庭市の集成材メーカー・バイオマスエネルギー会社取締役の長田正之さんがいう。 人類のあくなき追求は行き着くところまで来た結果、 自然にもどる方向に、少しずつ行きつつあるのだ。 うれしい傾向ではないか。 ▲3枚目の写真は、ストーブの全体がわかるもの。ぶれているが、あえて載せた。
排気のパイプが外に伸びている。 |





