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先日書いた広島城を訪れた日に見たもの。
広島城址公園内には木々がたくさん生い茂っている。
その木には名前や説明書きなどのプレートがかかっていた。
これまでも被爆樹木についてはいくつか記事にして、<ヒロシマ・平和>の書庫に少し載せている。
たとえば・・「被爆アオギリ」の記事⇒http://blogs.yahoo.co.jp/fan123m/16706707.html
被爆樹木・クロガネモチ
爆心地から910メートルの広島城内の大本営前庭の庭園に植えられていたもの。
いまだにこれだけ青々と育っている。
エノキ
この木1本で人間が1日に出すCO2の2人分を吸収するという。
こういう具体的な例で説明されると分かりやすい。木々の果たす役割を再認識するものだ。
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ヒロシマ・平和公園など
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広島の平和公園内にある国際会議場ではよく講演会があり、9月にはここを何度か利用した。
今年は8月の原爆の日にも出かけることはなかった。去年同様ことのほか暑い夏だった。
式典もテレビで観たのだ。
10月になり一気に寒くなり、9月に写した写真に写っている人々の半袖姿がはるか前の気がする。
国際会議場と資料館はつながっていることに気付いた。
平和公園内を歩いて帰った時に写したもの。
国際会議場から平和公園を横切ると、バスセンターに出るのが近道のような形になる。
いつ行っても慰霊碑には観光客がいて、祈りをささげている。
年中、訪れる人が絶えることがない。
慰霊碑から一直線に向こうに見えるのは原爆ドームだ。
慰霊碑の周りは平和の池で囲まれている。
慰霊碑の周りは平和の池で囲まれている。
原爆ドーム付近が爆心地だ。上空580メートルで原爆は炸裂した。
爆心地は厳密にはこのドームのすぐ近くにある「島外科」付近だとされる。
近代的な建物に変わってはいるが、今もその病院はある。すぐ傍らには説明板も立っているのだ。
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今日は被爆66年目の原爆の日。
広島は祈りの一日となった。テレビもラジオも新聞も原爆一色の日だ。
広島のマスコミは1年で一番忙しい日となる。
私は今日は実家へ行く途中のため、車の中で8時15分を迎えた。
黙祷するわけにはいかず心の中でしたのだが。車の外では大きなサイレンの音が聞こえた。
例年この時間にはサイレンがなる市町村は多いと思われる。
私はかつて1回ほどだが、式典へ参加したことがある。もう5年も前の事だ。
8時から始まる式典に参加するには早くに家を出なくてはならない。
近年は市内の小中学校は登校日になってきているので、式典にも参加する事は出来なくなった。
仕事をしている時はテレビによる視聴で参加、今では家でのテレビ視聴だ。
今日はラジオだったので、やや雰囲気がつかめにくい。
被爆後66年。被爆者の数も減少の一途をたどるし、現存の方も高齢化する一方だ。
生き証人の語る話は他のどんなものにも勝って力強く伝わる。
年々「風化」が心配だ。
今年は震災もあり、福島の原発事故もあって特別な年となった。
広島に生きる者として、伝える責務があるのだ。
仕事上では「平和教育」を長くしてきたが、退職後は直接的なかかわりが少なくなった。
■もう9年も前になるが、中米ホンジュラス国へ出かけて知り合った学校関係者からたくさんの折鶴が送られてきたことがある。
遠いかの地で「原爆の子の像の佐々木禎子さん」の勉強を学校でしていたのだ。
折角の熱い思いなので新聞社に連絡したら、大きな写真入りでかなりのスペースの記事になった事もある。
それをまたホンジュラスへ送って、しばらく交流が続いたものだ。
■■ かなり前の事だが、ネットで調べたら出てきた。
それにしてもネットはすごい。たちどころに出てきた。
自分は新聞記事を保存していたと思うが、探し出すのに時間がかかる。どこへいったやら。
行動となるとさて何が出来るかだ・・・。
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先般、講演会で中国新聞社へ出かけた時、帰りはバスセンターまで歩くので
途中にある平和公園内の原爆ドームに立ち寄ってみた。
平素ゆっくりとドームを眺めることはあまりないので、その日はゆっくりと眺め写真に撮ってみた。
8・6もあとちょうど1ヵ月後。
当日の人出はかなりのものだが、その日に限らず訪れる人は年中絶えることはない。
今年もまたあの暑い夏の日がやって来る。
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以前「砂持加勢まつり」が太田川(本川)であった時に、時間があったので
護国神社に寄ってみた。
広島市内とはいえ、なかなかゆっくりお参りする事はないので、立ち寄ってみたのだ。
初詣で参拝客が多いことで知られるが、
人出の多さに恐れをなして一度も出かけたことはない。
その日はお宮参りの家族などがいた。
護国神社とは・・・(wikipediaより)
広島城址公園内にある。
広島市への原子爆弾投下によって犠牲になった勤労奉仕中の
動員学徒および女子挺身隊等など含め約9万2千柱である。
毎年1月1日から7日までの初詣参拝者数は50万人を超える。
市の中心部に位置し交通の便が良いことから、広島市民の多くが初詣に訪れる。
その入り口手前に、原爆にかかわりのある説明板が立っていた。
「中国軍管区司令部地下通信室」跡が記念に残されていたのだ。
説明板を読むと、原爆投下により市内の電信電話が破壊されたが、
ここの軍事専用電話を使って通信した。これが原爆被災の第一報だという。
その建物の一部も残っていたのだ。
平和公園内の碑巡りはしたことがあるが、ここは初めて知った。
原爆に係る歴史の一面が残されていたのだ。
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