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■私の末の弟がフジテレビの「アンビリバボー」に出ると実家の父から聞いていた。
テレビでも2〜3度予告を見たので、医療器具のことだということは知っていた。
それでも見るまではどんな内容なのか見当もつかなかった。
■新聞のラテ欄には「実録・小さな町工場の夫婦が12万人を救った奇跡」
〜愛娘の命を救いたい!!素人が不可能に挑戦!!独学で試行錯誤の連続・
奇跡の医療器具〜とあった。
弟はその町工場の社長さんではない。番組の後半に出てきたのだ。
「その町工場の社長の筒井さんは、実の娘が心臓病で余命10年の宣告を受けていた。
娘のために素人ながら独学で心臓医療器具を作ろうとするが、莫大な費用と年数、
さらには臨床実験が必要で、医療関係者の協力なしでは成しえないものだった。
・・・・
大学病院は医師を養成する教育機関でもあり、当時心臓外科は志望者も多く、
若い医師たちは博士論文のテーマに苦労していたのだ。
そんな時、〇〇医師がこの研究をやりたいと名乗りを上げてくれた。
〇〇医師という共同研究者を得た筒井さんは、
そこから51人もの患者の身長や体重、血管の長さのデータを集めた。
そして身長や体重と血管の長さには、確かな相関関係があることが裏付けられた。
その後、〇〇医師とともに研究を重ねた筒井さんは、
日本人の子どもから大人までどんな人にも対応できるように、
3種類のバルーンカテーテルを開発。
それだけではない。〇〇医師の協力の元、動物実験や臨床試験も行った。
結果はもちろん、動物、人ともに異常なし。こうして人工心臓の断念から2年。
ついに、国産のバルーンカテーテルでは初めて、厚生省の認可を取得したのだ。
そして実際の手術でも使用され、筒井さんのバルーンカテーテルにより患者さんが救われた。
これをきっかけに、初の国産バルーンカテーテルは全国の医療施設へと広がった。
かつてのような事故も合併症も起きることはなかった。
医療の素人が、不可能だと言われた挑戦に打ち勝ったのだ!
日本初のバルーンカテーテル完成から3年。
1500本もの製品が売れたのを見届けるように、娘さんは静かに天国へ旅立った。」
↑↑<番組のHPの文章を一部引用><写真はテレビ画面とHPより>
この〇〇医師が私の弟だったのだ。
再現ドラマでは役者さんが演じていたが、本人がインタビューに応じた場面もあった。
現在は心臓外科医ではなく、個人病院を経営し地域医療で内科などを中心に頑張っている。
事前に電話をした時には
「あまり期待するほど長くは出ないかもしれない」と言っていたが、そうでもなかった。
視聴後再度電話をしたが、弟は「なんだか気恥ずかしい」と言っていた。
今から30年も前の若い時代にこんな仕事をしていたのかと、今さらながら感心した。
もちろんこの番組の主役は筒井さんだが、弟も共同研究者として立派にその仕事を全うしていたのだ。
少しは話には聞いていたが、これだけの業績を果たしていたとは予想だにしなかった。
あまりにも身近な者がテレビで扱われたので、感動と喜びが大きかった。
それでも、身内自慢のようでやや恥ずかしくもあるのだが・・・・・。
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