美しく歳を重ねるために

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広島県内ドライブ

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あまりに暑い毎日なのでもうたまらず、昨日は避暑に出かけた。
 
広島県北の北広島町へ。車で片道1時間90キロほど走れば到着する。
毎年夏になれば最低1回は出かけるので、もう何度も行った場所だ。冬には雪を見に出かける。
昔は「芸北町」といったが、今はその名前はない。
 
途中、無人野菜市で野菜を買ったり、漬け物もあったので買ったりした。
田舎のドライブでは、安くて新鮮な野菜市があるのが嬉しい。
しかし、「お金をちゃんと入れない泥棒がいるので近いうちに閉鎖予定」
という説明書きがあり、少し悲しい思いになった。
 
「アジサイロード」のアジサイは盛りは過ぎていたが、まだ花は残っていた。
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途中「深命水」で水を汲む。これをしばらくはお茶や味噌汁に使い、ごはんを炊いたりする。
足を浸けてみると冷たくて飛び上るほどだ。
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深入山を過ぎて、臥龍山(1223m)付近まで来ると
辺りは森林で覆われてくる。ブナの原生林が広がる森林地帯だ
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「かりお茶屋」に寄ってみる。冬季は閉ざされる店だが、さすがに開いていた。
アイスを食べた。1個130mlでも350円もするが、知る人ぞ知る人気商品だ。
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八幡原を越えて「掛頭山」(1126m)まで行ってみる。頂上まで車で上がれるのが嬉しい。
 
ここまで来るともう気温はかなり低い。25度くらいだ。
本当に気持ちが良いほど涼しい。避暑に来た甲斐があった。
車から手を出していると手が冷たくなってくるほどだ。
 
頂上にはリフト乗り場があった。「芸北国際スキー場」だ。
一時期「パインリッジリゾーツ」と言う名前に変わったが、今はまた昔の名前で復活したようだ。
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眼下を眺めるとふもとの町が一望できる。一面の緑のパノラマだ。
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「ナデシコ」の花が咲いていた。
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高原や森林の避暑を楽しんで、高速の入り口「戸河内」まで戻る頃には気温がどんどん上がる。
「道の駅・戸河内」で弁当を買って店頭のテーブルで夕食に食べた。
「霧の出る扇風機」があった。当たると本当に気持ちが良い。
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ここはいつ行っても人気の場所で食べ物屋も多い。夕方になると弁当も大安売りになる。
広島県で唯一認定された「森林セラピー基地」の横断幕があった。
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帰りに温泉でも入って帰ろうと思ったが、遅くなるので止めて帰った。
 
◆この日は、夜の8時から広島の宇品港で「広島みなと夢花火大会」があるのだ。
現地に行くのは大変なので、毎年家から見ている。そのことはまた別途書くことにする。
 
 
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竹原市町並み保存地区観光・その3【最終回】
 
初代郵便局跡の前に立っている郵便ポストがあった。
明治4年に郵便事業が創業した時使用していたものと同じ型のポストを置いたもの。
今でも利用できるというのが面白い。
 
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塩田業で栄えた竹原の町。
しかし、1960年に終わりをつげ、現在はもう何も残っていないという。
 
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竹原と言えば地名のとおり竹が多い。市内各所でも目にする。
タケノコの名産地である。竹細工の製品もたくさん売られていた。
 
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溝のふたも竹でできている。
 
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町並みを散策すると、骨董や古布製品の店が見られた。
お店でもない普通の民家にもさりげなく飾っているのが良い。
 
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江戸時代の地割が今もそのまま残っている。
 
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帰りには道の駅「たけはら」に寄って帰った。
竹原市初の道の駅で、2010年秋に出来たものでまだ新しい。
町並み保存地区のゲートエリアにある。
 
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ここに車を置き買い物をして、その後保存地区の観光に出かけるのも良い。
保存地区はもちろん駐車禁止であるし、近くに駐車場はない。
この日は催し物の最終日の祝日のため、道の駅も車がいっぱいで置かれなかった。
市役所の臨時駐車場が別の場所に準備されていたが、かなり遠かった。
 
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竹原市町並み保存地区観光・その2
 
■竹原市には昔塩田があった。1650年に始まったというから江戸時代のこと。
広島藩で初めての入浜塩田が開発されたのだ。
1960年(昭和35年)までの310年間、竹原は塩の産地として全国に名を馳せた。
 
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■旧・笠井邸。2階に上がってみた。
2階から眺めた町並み。パンフレットなどでもよく見る光景だ。
 
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■保存地区の町並み。福山市の鞆の浦などでもこのような光景が見られる。
全国的に同じような保存地区の光景を見たことはある。
 
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■松阪邸。
 
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波打つような独特の大屋根、うぐいす色の漆喰、塗り込めの菱格子など、
華やかな建築意匠の浜旦那(田塩経営者)の豪邸。
 
江戸時代末期の建築を明治12年現在の形に改築。沢田屋と称し、薪問屋、石炭問屋、
製塩業、酒造業や醸造業も経営、書画に巧みで文化への造詣も深かった。
 
昭和初期の電気蓄音機とストーブがあった。今と比べるとかなりの違いだ。
 
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あちらこちら見所満載でたくさんの写真を写しているので、さらに次へ続く。
3月に出かけた竹原市町並み保存地区の観光だが、
2月11日〜3月20日の「たけはら町並み・雛めぐり」の最終日に出かけたものだ。
 
その後、次女の引っ越し荷造り作業や京都行き、ドイツ行きの準備などで忙しかったため、
今までとうとう記事に出来なかったのだ。やっと書くことができた
 
「雛めぐり」の内容については3月に記事にしている。
 
今回は「竹原市町並み保存地区」の見学について書いてみた。
ここには過去に何度か来ているが、いつ来ても昔を偲ぶことのできる見所の多い場所だ。
 
パンフレットの説明。
「ようこそ安芸の小京都へ。はるか平安時代、京都下賀茂神社の荘園として栄えた竹原。
今も貴重な文化遺産が生き続ける情緒あふれる町。江戸時代後期に製塩や酒造業で栄えた屋敷や由緒あるお寺のある町並みが往時の姿そのままに伝えている。ここは、江戸時代の歴史情緒が薫る町。」
 
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▲4ヶ国語表記になっている。 
 
■まずは竹原市重要文化財である「森川邸」から。
 
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大正時代には周囲は塩田地帯だったといい、そこを造成して作ったもの。
主屋は明治前期の富豪の主屋を移築、再生したという。
後世の改造が少なく、全建物が完存し、大正期の姿をよく保っていることに価値があるといわれる。
 
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森川八郎・元竹原町長の和風豪邸。竹原の建築文化の高さを示す貴重な建物。
まるで江戸時代の武家屋敷の様だ。
 
■「旧・日の丸写真館」の建物。アニメ「たまゆら」関連の資料が貼ってあった。
 
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このアニメは竹原が舞台で、写真が大好きな高校1年生の楓と、彼女を取り巻く人たちの日常とささやかな夢を描いた物語。」
 
主要な舞台は広島県竹原市で、竹原の風景を忠実に描いている
そのため竹原市もアニメに関したイベント「たまゆらの日」の開催や舞台訪問コースを
市の公式サイト内で紹介するなど、アニメとのタイアップ企画を積極的に行っている。
アニメ版では他に、呉市呉駅周辺や、御手洗地区をはじめとした大崎下島
作中の舞台として登場する。
 
主人公の沢渡楓が高校入学まで過ごした神奈川県横須賀市の汐入も
「はじまりの街」として物語の序盤に登場する。
横須賀市でもテレビアニメ化を記念したイベントやタイアップ企画が行われている
 
2011年10月〜12月にフジテレビ系列で放送された。
 
放送地域
放送局
放送期間
放送日時
放送系列
月曜 9:00 - 9:30
(リピート放送あり)
火曜 25:45 - 26:15
日本全域
火曜 25:45更新
 
 
■「小笹屋・竹鶴酒造」
ニッカウヰスキーの創始者・竹鶴政孝の生家である。
 
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<参考資料>
広島県竹原町(現・竹原市)で
酒造業・製塩業を営む竹鶴敬次郎の四男五女の三男として生まれる。
 
竹鶴家は地元の塩田の大地主として製塩業を営み、その傍ら酒造業も営んでいた。
そのため政孝は幼い頃から酒に触れることが多く、自然と酒に興味を持っていった。
 
2007現在、その生家(実家ではない。生まれた時、両親がちょうど本家に来ていた。)の造り酒屋は『竹鶴酒造株式会社』という名称で今も続いているが、
こちらは竹鶴家の本家であり、政孝は分家の分家筋にあたる。
 
忠海中学(現・広島県立忠海高等学校)に進んだ政孝は
通学に時間がかかりすぎるため、3年生に進級したとき寮生活を始める。
 
一つ下の下級生には後に総理大臣となる池田勇人がおり、池田が亡くなるまで交流が続いた。
 
政孝の影響もあり、池田は国際的なパーティーでは国産ウイスキーを使うように指示していたと言う。なお、当時の池田少年は政孝の布団の上げ下ろし係だった。
 
▲このエピソードは面白い。
 
 
今回は以上3か所。更に続く。
新聞に「みつまた」の群生地があると載っており珍しいので、昨日は出かけた。
広島県安芸高田市向原町坂で7日と8日に「みつまた カタクリ祭り」が行われていたのだ。
 
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バザーは県道沿いの農協跡の祭り会場で、野菜などを売っていたので買った。
話を聞いたり買い物をしていたら、お茶と漬物、そして小さなケーキを出してくれたので、有難く頂いた。
 
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みつまたとカタクリの群生地はこのバザー会場より車でさらに走った別の場所にある。
 
「カタクリ」の群生地は祭り会場の近くにあった。
向原では長田川之内「かたくりの里」がよく知られており、途中近くを通ったが
そこでもお祭りをやっていたようだ。
 
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それに比べれば、この場所は規模的には小さい。
おまけに北側斜面で日が当らず、昼までは花が下を向いたままだと言うことだった。
今年は寒くもあったので、まだ咲きが良くないようだ。
「かたくりの里」でも、8日までの祭りを15日まで延長していたとチラシに載っていた。
 
ここを後にして今度は「みつまた」の群生地に出向くために、更に車を1キロほど走らせる。
しばらくすると「みつまた」の看板が見えた。車を駐車してから400メートル歩く。
 
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そのうちに「みつまた」の群生地が見えだした。そばに川が流れている山の中にそれはあった。
大勢の人が来ている。地元中国新聞の他、朝日新聞にはもっと大きな写真が出ていたとかで
新聞効果はかなり大きいものだ。みんなカメラを抱えている。
 
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「みつまた」を初めてみた。「三つの又」に分かれているところから名前がついたもの。
花から下の枝を見ると本当に3つに枝分かれしている。
 
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紙の原料になる。「こうぞ・みつまた」という言葉くらいなら知っていたのだが。
黄色の花が奇麗で可愛い。それが群生となって生えているので見応えがある。
 
午前中の短い時間だったが、初めて見る「みつまた」観察は興味深いものだった。
 
 
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