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4月19日(日)鳥取旅行の続き 鳥取砂丘〜岩井温泉〜いよいよ兵庫県に入る。 山陰本線の「餘部(あまるべ)鉄橋」を見るために、ひたすら東に車を走らせる。 やっと到着した。 下から見上げるだけでも何とも高い鉄橋だ。 餘部鉄橋といえばあの列車転落事故を思い出す。 近くには慰霊碑もあるということだが、これから行く駅とは反対側なので行かなかった。 駅は鉄橋の高さの所にあるのだから、そこまで歩いて登るのだ。 これが結構な距離と高さだ。 林の中を通り過ぎるとやっと線路の位置にまで登りきった。 その先に駅はあった。とはいえ無人駅だ。駅舎には名前も掲げていない。 地元の人は毎回ここまで登ってくるのだろうか、大変なことだ。 この鉄橋は明治時代に出来たが、駅は昭和になって出来て今年がちょうど50周年だという。 50年前に駅を作る時に地元の中学生が協力して石などを運んだのだとか。 その記念の式典が18日(土)に行われたようだ。 列車の良い便があれば二人で上りの列車に乗って鉄橋を通過し、 下りの列車で帰って来る予定だったが、良い便がない。 (実際は次の「鎧駅」との往復20分で鉄橋を渡って帰ってくる良い便の列車があったのだが 見逃していた・・・。) そこで私だけが乗って鉄橋通過体験をすることになった。 その予定ではなかったので、携帯とお金すら持たずカメラだけしか持っていなかったのだ。 それでもどうにか列車に乗り込み、夫は以前乗ったことがあるので今回は乗らず、 2つ先の「香住(かすみ)駅」まで車を走らせて待つことにした。 309mの鉄橋を通過するのは、まさにあっという間だった。 海側と山側の両方をどうにか写真に収めた。 ここで強風に煽られ列車が転落するという事故があった・・・というその怖さを感じる間もないほどの短さだった。 山陰本線は単線で、この列車は「ワンマン列車」だということのほうが驚きだった。 無人駅の時は運転者さんが見る中でお金を入れる。そうでない時は、そのまま降りる。 その方式がわからず、料金箱の前で待っていたら、香住駅は有人駅だった。 慌てて降りたが、もう少しでドアが閉まるところだった。 香住駅にはちゃんと夫が待っていた。 私がなかなか降りてこないので夫はむしろ心配したという。 「また何かへまをしたかな・・・?」と。 携帯もないので連絡もしようがないのだ。 しかし、昔は携帯はなくても済んでいたのだ。(開き直り・・?) 香住駅に下りると看板に蟹が目立つ。 駅前のポストの上にすら蟹の飾りが載っていたのには驚いた。 やはり日本海の海の幸が豊富なのだろう。 こうして餘部鉄橋・駅の見学と乗車(鉄橋通過)体験が終了した。 一般の観光旅行では味わえないものだろう。 セミプロっぽいカメラマンですらいたほどだから、ここもマニアにはたまらない所だろう。 さらに城崎温泉へと続く・・・。 いよいよ最後になるが・・・・長く続きすぎ?? |
旅・近畿地方
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京阪神修学旅行で写した写真のうち 残りの中から、これはというものを載せてみた。 ●1・2枚目は「明石海峡大橋」を、真下から見たもの。 その大きさを垣間見ることが出来る。 1998年に開通。3.9キロ。通行料は現在は2300円。 キロ当たりに換算すると、通常高速道路の8倍もの値段になるという。 ●3〜6枚目は「清水寺」と「清水坂」で写したもの。
新緑の山が本当に美しかった。 お土産屋で見かけた面白い人形「おたべ」と「キティちゃん」。 |
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●いよいよ最終日。USJの自由見学だ。 朝8時にホテルを出たが同じ大阪内の移動なので、 9時からの入場には十分ゆとりがあった。 14時45分までの約6時間近くを、生徒たちは自由に楽しむのだ。 我がクラスは、事前に生徒の希望を聞いていたものを回ることにした。 <ゲスト・サポートパス>というものを発行してもらった。 「身体的障害やその他の理由により、アトラクションに並んで待つことが困難」な時使えるものだ。 待ち時間がかなり縮小され、別入り口からの入場だった。 このような配慮は、さすがに徹底している。 ■まずは「ジョーズ」だ。 結構怖かったが、水しぶきを浴びながら楽しめた。 ■次は「ターミネ―ター」へ行く。 これが予想外に強烈なもので、大画面は迫力があったが、 最後に館内一杯に煙霧がまかれ、息も出来ないほどだった。 4人の生徒のうち、1名の女子が泣き出してしまった。 よほど怖かったのだろう。 ■早めに朝食を取ろうということになって、食事会場へ行く。 会場内は飲食物は持ち込み禁止なので、ミールクーポンでの食事だ。 1500円分の食事と、300円の飲み物券は余るほどだと思ったが、 何のことはない。券にはお釣りは出ないし、 ハンバーガーセット(ポテト・飲み物つき)で1200円前後もする。 私はハンバーガーなど普段食べないので、胸がつかえそうだったが 生徒たちは好きなのだ。 ちょうどパレードが行われていた。 ■次に「ウォーターワールド」へ行く。 私は6年前に修学旅行で来た時に入っている。 規模の大きなもので、前列の方は水しぶきがかかるのがかえって歓声となる。 なかなか楽しめたようだ。 ■頑張ればもう一つくらいは楽しめたが、 ゆとりを持って集合した方がいいので、この辺りで見学は終了した。 お土産を買う時間を過ごした。 ●●14時45分の集合時間きっかりにバスは出発して、 一路広島へと帰路を急ぐ。 交通事情によっては19時半くらいにはなるかもと心配したが 19時過ぎには学校に到着した。 3日間の修学旅行の終了となった。 疲れたが、生徒と共に良い思い出が出来た。 ▲写真はUSJで。1枚目は3日目の朝、関空ホテルから朝日を写したもの。
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●朝は5時前から起きて、6時前には学校に到着した。 生徒は6時15分までには登校し、バスは7時には広島を出発したのだ。 神戸に着き、南京町で昼食の後、いよいよ見学だ。 神戸市役所近くにある「日本初の花時計」をバス内から初めて見た。 神戸班別自由散策なども何度か体験したが、 今回は京都でそれを行うので、神戸はクラスごとにバスで移動だ。 3箇所見学した。 ■まず1箇所目は、「北野・工房のまち」で「タルト作り体験」だ。 とはいえ、時間の関係もあり、ほとんど全てが準備されていたものを かき混ぜる程度の体験だ。 一人一個のタルトはお土産にお持ち帰りとなったのだ。 ここには様々な体験のできるものが集結しており、 単に見るだけでなく体験できることで思い出につながるのだ。 ■2箇所目の見学地は、「舞子海上プロムナード」である。 世界一のつり橋「明石海峡大橋」を歩いてみようという体験だ。 私は車で通ったことがあるが、歩きは初めてだった。 海上47メートルの遊歩道は、 快適というよりは、怖くて足が震えて下をまともに見られなかった。 それでも何ともなくて平気な生徒もいるのには驚くほどだ。 ■3箇所目は、「阪神淡路大震災記念・人と防災未来センター」見学だ。 まさに広島の原爆資料館のようなものである。 阪神淡路大震災はもう13年も前になったが、 時あたかも中国の地震やミャンマーのサイクロン被害なども起きている。 自然災害に人間は無力だ。 災害をなくすことは出来ないが、被害を減らすことは出来るという話もあった。 ここでは、語り部の方のお話を聞いた。 体験者ならではの話に聞き入った。 ただし、元牛乳工場経営者と言う方で、 理路整然と話されるので、心情的なものはあまりなかったが、 人が違えばまた違ったものになったであろうと思われた。 ●これにて1日目の神戸見学は終了。 宿泊は「神戸ポートピアホテル」だった。 何とも立派なホテルで、250名近くが一堂に会しての夕食は さながら結婚披露宴のような感じだ。 明石焼きも出た。 明石焼きは、たこ焼きのようなものかと思っていたが、 焼いたものを澄まし汁に入れて食べるのは、予想外だった。 ●食事が済めば後は寝るだけだが、 1日目の慣れないことで、車椅子の生徒の入浴に大苦戦。 夜遅くまで打ち合わせもあり、その後寝たのが1時。 3時に目が覚めて、もう一眠りしようと寝付いた直後に その生徒のトイレで起された。 また一眠りしたが、5時にはまた目が覚め、 6時の定時起床まで、うつらうつらした。 1日目は疲労と寝不足で、ふらふら状態だったのだ。(2日目に続く・・・・)
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