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▲上関ドライブの続きです。 この上関は、NHK朝のテレビ小説「鳩子の海」の舞台になった所だ。 昭和49年の作品だから、題名だけでピンと来る方はいるだろうか? 上関大橋を渡り、先端の「長島」に渡る。 港町の光景が広がる。 古い街並みも残っており、なぜか各家に<七夕飾り>が掲げられていた。 このような風習があるのだろうか? 「上関城山歴史公園」というのがあったので行ってみた。 展望台もあり、瀬戸内海国立公園の島々が一望の下に眺められる。 この地にはお城もあったようで、 古くは「和寇」「村上水軍」「大内氏」「毛利藩」とのかかわりなどがあったそうで 歴史的にも古いものがあるのだ。 島の先端付近に原発が出来る計画があるとか。 その関連の看板が見られた。 美しい島を巡り、瀬戸の海を眺めて帰途についた。 ▼帰りも海沿いを帰る予定だったのに ナビに頼っていたら、いつの間にか山の中を走ることになった。 どうやら、高速自動車道を選択する形になったのだ。 そうやって走っていたら、「食事どころ・山賊」(岩国市玖珂町)の前に来た。 夕食にはまだ少し早かったが、これも何かの縁だということで ここに入ったのだ。 もともと派手な飾りで有名な所だが、 七夕飾りがしてあって、一段と派手さを増していた。 短冊に<娘に良いご縁がありますように・・・・>と書いて、笹に結びつけた。 ここでは有名な「山賊むすび」(450円)と「鶏の串焼き」(560円)を食べた。 むすびは一個で三個分はあろうかという大きなもので人気の品だ。 ■■追記■■
「鳩子の海」は子役の<斉藤こずえ>の好演でかなりの視聴率をとった番組でした。 |
旅・中国地方・山口県
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このところ公私共にやや不調で ブログに向う意欲もややなえかけているのだが、 習い性かやはりパソコンの前に座ってしまう。 ▲昨日は朝から雨模様の中を出かけた。 いつもの北部方面ではなく、西に向って出かけたのだ。 雨のため、途中左手に見える宮島もかすんで見える。 かなりの雨が降りしきる。 まずはご無沙汰の実家に立ち寄る。 実家では、掃除をしたり父と話をしたりする。 ドライブに誘ったが、気乗りしないらしく今回は諦めることにする。 父のために昼食を買ってきた。 先を急ぐので一緒には食べれないが、父は喜んでくれた。 私はこの「ジャンボ」に挑戦する意欲がなく、 「海鮮寿司」と味噌汁を頼んだが、これとてかなりの量だった。 お店はきれいに改装されていたが、意外だったのが 昼ごはん時なのに以前のような賑わいがないような気がした。 ▼岩国市、柳井市、周防大島を過ぎ、その先にある「上関(かみのせき)」まで行く。 そこの温泉へ入る計画を立てたのだ。 行ったのは「上関温泉・シーサイドホテル上関」だ。 半島の海側にあるので、ホテル周辺は瀬戸内の海が広く見渡せる。 温泉は塩分を含んでいるので、口に含むとしょっぱかった。 海水浴効果と同じか、アクアセラピー・タラトセラピー効果があるかもしれない。 ホテルの外側はもちろん、内部からも、風呂の中からも瀬戸の海が眺められるのは気分が良い。 温泉にもかなりの数行ったが、海を見ながらの入浴はまだ数えるほどしかなく 山中の温泉もいいが、このような海の温泉も良いものだ。 ホテル玄関前には「万葉の泉」というのがあった。 昔からの上質の水だという。 温泉入浴を済ませ、ホテルを後にした。
次は、上関の見物だ。 上関大橋をわたる。(・・・次回へ続く) |
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3月20日(木)春分の日 場所は簡単に言えば有名な「錦帯橋」のすぐ近くである。 先日書いた岐阜県の「薄墨桜」が岩国の生家に植えてあることを知り、行ってみたくなったのだ。 明治30年生まれの宇野千代の生家は、昭和49年に千代によって昔のままに修復された。 NPO法人のボランティアさんによって世話がなされており、 親切で丁寧な説明をしてくださった。 自筆原稿や、使用していた机や鉛筆などが残っていた。 丸っこい独特な字体だ。 庭が広くて立派で、その中に自身が植えたという「淡墨桜」が2本あった。 その木には、たった1輪が今朝咲いたと言う。 春は桜、秋は紅葉の大変きれいな庭だと言う。 「桜も日本一、錦帯橋も日本一、こんな日本一の故郷を持っている幸せ者が二人とあるだろうか。私は、とても故郷に感謝している。人間をつくるのは、故郷なのです。」 「お国はどちらですかと、訊かれると、『岩国です、あの錦帯橋の』と答えるのが私の癖である。いつ帰って見ても錦川の水は澄んでいる。魚が泳いでいるのがよく見える。春夏秋冬の錦帯橋は、それぞれに美しいが、桜の頃の錦帯橋は、特に大好きである。この錦帯橋をわたる度に、私は何とも言えない気持ちになる。いくら自慢しても自慢しきれないほどの気持ちになるのである。」 と言い、故郷を愛してやまない人柄が出ている。 「おはん」は吉永小百合主演で映画化されたが、もう24年も前のことだそうだ。 先般書いた「淡墨桜」のことは、「生きて行く私」に載っている。 土産売り場には、桜模様のハンカチや風呂敷などがたくさんあった。 私は記念に「宇野千代のお線香・淡墨の桜」と「お香・しあわせの香り」を買った。 早速使ってみた。いい香りが部屋中に流れ、幸せな気分になった。 線香の入った箱にはこう説明があった。 「私はさくらが好きです。私にとってさくらは幸福の花、咲く姿も散る姿もさくらが一番」 「さくらは幸福の花。私はさくらが大好きです。岐阜県根尾村にある淡墨の桜との運命的な出会いは、昭和48年のことでした。その時、樹齢1200年という老樹は枯死寸前の運命にありました。もう一度、この桜に万だの花を咲かせたいと私は思いました。」 その後、淡墨の桜は根尾の山里に爛漫と春を告げています。 故郷を愛し、桜を愛した作家宇野千代は98歳で亡くなり、今年没後12年になるという。
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■今日は春分の日。 20日は亡き母の月命日だし、明日はその母の誕生日だ。 どうしても「お墓参り」をしなくてはと思い、実家に出かけた。 ■実家では、先日取りきれなかった「金柑」をほとんど収穫したのだ。 これもかなりの作業だった。 実は、今日出かけた目的はそれだけではない。 実家からさらに山口県・岩国市へ出かけ「宇野千代さん」の生家を訪ねる。
そこで、先日記事に書いた「薄墨桜」を見ることだった。 是非見たいと思い行ってみたのだ。 生家の見学はとても感動物だった!! 詳細はまた、明日以降にでも書くとして・・・。 ■その帰途、「錦帯橋」に立ち寄った。 これも久しく行っていなかったので、写真に収めた。 ■帰路途中に、「宮浜温泉・かんざき旅館」に寄って温泉に入った。 外来入浴の時間が過ぎていたが、入れてくれてラッキーだった。 |
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土曜日。今日もお出かけした。 10時間のドライブ。273キロの旅だった。 ■今日の目的は、<名残りの雪を見る>のが主なものだった。 <県北の北広島町(芸北)>まで行けばきっと雪は残っているだろうと見込んで出かけた。 予想通りであった。 スキー場もかなりの賑わいだった。 ■その後は、例によって定番の<温泉巡り>。 今日は3つも入ってしまった。 ■ついでに日本海まで出かけた。 島根県は<浜田市>の散策をしたが、結構見る所が多かった。 以上3つだったが、さすがに今日のうちに更新するほどの元気はない。 明日以降、書いていきたい。 ▲写真は、浜田城跡の桜。もう咲いていたのには驚いた!!
たった1本だけ咲いていたのだが、地元新聞に載ったということで、何人かの人が訪れていた。 |





