|
夕べ(というよりは今朝未明)は寝るのが遅くなったのに、 休日に限って早く目覚める。 このところ寒くなって、朝の目覚めが少しずつ遅くなり、 朝方更新者にとっては、慌てることも多い日が続いていたのに。 熟睡できないのは、悲しいものだ。 周防大島シリーズもそろそろ終わらせないといけないのに、 もう少し続く。 あと一息か? あれこれ全て書いていたのでは、どうしようもないのだが・・・。 どうしても、あれもこれもと欲張ってしまう。 一日出かけてこれほどになれば、 いつまでも続いてしまうではないか・・・・? 逆に、まだまだ書かねばいけない・・・などと気分がせきたてられることもある。 誰もせきたてる人はいないのに(いや、夫が少し催促はするのだが。)、 義務感のようなもので、続けてしまう。 とは言いつつ・・・。
写真は「周防大島」の木々。 |
旅・中国地方・山口県
[ リスト | 詳細 ]
|
▲周防大島のホテル&リゾート「サンシャイン サザンセト」に立ち寄った。 「星降る島の海辺のホテル」というタイトルがついている。 大島の「片添ヶ浜海水浴場」にあるホテルだ。 夏にはさぞや賑わうだろうが、今は晩秋だ。 人は少ないが、真夏のあの暑さの時よりもいい気候のような気がする。 温泉があると聞き行ったのだが、昼食をこのホテルで取っていざ入ろうとしたのだが、 本で調べたこの地の温泉は、このホテルとは違うということがわかって、 そそくさと移動をしたのだ。 ▼食事の前に周辺を歩いてみた。 ホテルの前は海水浴場だ。 周辺にはホテル以外は何もない。 ゴミもない砂浜は広くどこまでも続く。 海の水は澄んでいて綺麗で、程なく緑色になる。 見事な海の青さだ。 まるでハワイにでも行ったような感じがする。 ●豪華なホテルだが、冬の営業は成り立つのであろうか? いらない心配をしてしまった。 ミカンや釣りに加えて海水浴場としても素晴らしい島なので、 観光産業として活性化が図れればいうことないのだ。 それでなくても、この島は高齢化率が全国一高いことで知られている。 こんなに自然豊かな所でも、日々の生活となると若い世代は町へ出たがるのだろう。 それにしても雪の便りが聞かれるこの頃なのに
11月17日でも、小春日和の暖かい日だった。 この記事が時季にふさわしくないほどだ。 |
|
周防大島「星野哲郎記念館」を訪れて(11月17日) ●大島全体を地図でよくよく見ると、まるで金魚のような形をしている。 その北部、尻尾の辺りにあるのが、星野哲郎記念館だ。 星野哲郎はこの島の出身者で、日本を代表する作詞家である。 作品は4000以上もあり、有名なものには 「アンコ椿は恋の花」「365歩のマーチ」「昔の名前で出ています」「兄弟船」 「風雪ながれ旅」・・・・数え切れないほどだ。 高等商船学校を卒業して、遠洋漁業の乗組員として働いた経歴から 海や漁業にまつわる歌も多い。 この建物は、島の出身者を誇りにしようと町が建設したもの。 今年の7月にオープンしたばかりだ。 5億円の巨費を投じて建設された。 オープンには、北島三郎・水前寺清子・都はるみ・鳥羽一郎などの歌手もやってきた。 ●近代的なしゃれた建造物内には、様々なものが展示されていた。 映像・画像・本人直筆の二行詞・演歌ボックス・表彰状など多数だ。 作詞家仲間からの激励のメッセージもそれぞれが味わいのある文だった。 亡き阿久悠さんからのものもあった。 私の古里には、「矢切の渡し」の作詞者の石本美由紀さんがいるが、 その石本さんが星野さんを世に出したということである。 町の思い入れもかなりのものだが、 本人も島に感謝の気持ちでおり、多額の寄付をしたり、奨学金を出したりしている。 オープンして半年にもならないが、多くの人がやってきていた。 人気のほどがうかがえた。バス旅などにも組まれているのだ。 ミカンの島に、しゃれた建物ができたものだ。 ▼トイレの花まで何ともしゃれていた。
|
|
陸奥記念館
戦艦「陸奥」は昭和18年6月8日に謎の爆発で、 山口県大島旧東和町の沖合いに沈んだ。 犠牲者は1121人にも上り、昭和24年から一部引き上げをしたが、 水深40メートルを超える海底作業は困難を極め、間もなく中止された。 昭和45年から53年までの間に、深田サルベージによって引き揚げられた。 遺骨や遺品、主砲など艦体の75%が引き揚げられたという。 昭和47年に、陸奥の沈没地点を望む丘に陸奥記念館を建設した。 21年間で75万人もの入館者があったが、 そばを走る国道の改修工事のために、 現在の場所に新築移転し、平成6年にオープンしたもの。 ▲陸奥記念館は、周防大島の一番東の端にあるので、かなり車を走らせた。 前々から話にはよく聞いていたが、初めて訪れたのだ。 こういった遺品は、江田島の術科学校で見たものと似通っていた。 留守宅の娘に宛てた手紙は、子を思う父の姿であった。 ▼外の丘に行ってみた。 引き揚げられた艦首などが置かれていた。 この沖合い3キロで沈没したという標識があった。 前にハワイを訪れた時、 宇和島水産高校の練習船がアメリカの原潜にぶつけられ沈没した事故の慰霊碑を見た。 それとよく似ていたのを思い出した。 ともに予期せぬ事故による沈没で、亡くなられた方々の無念さを思う。 陸奥記念館は、将校らの冥福を祈り、恒久平和を願って作られたということだ。 ●原爆ドームのような直接的なものではないが、 これも戦争の悲惨さを後世に伝えるものでもあるのだ。 実家の父は、戦争中に海軍の経験がある。
土産に陸奥が描かれたお菓子を買った。 帰りに実家に寄ったら、陸奥記念館には一度行ったということだったが、喜んでくれた。 |
|
●今朝雪の話題を記事にしたばかりなのに、 今日は瀬戸内海の島に出かけたら、何とも気候温暖で汗ばむほどだった。 小春日和のいい天気に、出かけた後で雪の記事を書いたことを後悔したほどだ。 出かけたのは山口県の大島。周防大島である。
ミカンの産地である。島は釣りのメッカでもある。 四方を海に囲まれ、年平均気温は15度という。 瀬戸内海では、淡路島、小豆島に次ぐ3番目に大きな島だ。 島の海岸を一周すると160キロにもなる。 人口は23000人。日本一高齢化率の高い島としても知られている。 ▲まずは大島大橋を渡る。 以前は有料だったが、今は無料になっている。 下の海を眺めると結構な急流だ。 ▼ミカンの産地で、ミカンの畑やミカン販売の店が多い。
途中立ち寄ったが、値段も安かったので18キロ入りを買ってしまった。 ミカン狩り園などの看板も多かった。 極めつけは「ミカンのふかし饅頭」だ。 初めて食べたが、ミカンの香りがして、本当においしかった。 ▼海は見事なほどに綺麗で、澄んでいる。 夏の海水浴にいいだろうが、今時に来てみるのもいいものだ。 ●●あれこれ見たので、またまた書く内容をたくさん仕入れた。 |






