美しく歳を重ねるために

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旅・中国地方・島根県

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島根県益田市の万葉公園で見た「緑」に関するポスター。


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←密航者を知らせて欲しいという看板。
さすがに日本海にある都市ならではの看板だ。

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6月21日(土)に「島根県高津川探訪」を軸にあちこち訪れたが、
やっと最後の記事にたどり着いた。
一日にして何ともあちこち行ったものだと妙に感心する。

柿本人麻呂の「柿本神社」だ。
人麻呂は、島根県益田で生まれ育ち、後に宮廷歌人として活躍した。
晩年は益田に帰り、この地で没したのだ。

この柿本神社は、以前週刊誌で元総理大臣の細川護煕さんが訪れて
記事を書いているのを読んで知っていた。
細川護煕さんは、上智大学の法学部出身で文学にも造詣が深いような気がする。
なかなか良い文章を書いていたのだ。
元朝日新聞の記者だから文章はお手のものなのだろう。

人麻呂といえば、万葉集の中の歌として
教科書でもよく扱ったものだ。
「東の野にかぎろいの立つ見えてかヘリ見すれば月傾きぬ」
「あしひきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜を独りかも寝む」
などだ。
万葉集の代表的な歌人で、格調高く雄大荘厳な歌を残している。
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この神社一帯付近は「島根県立万葉公園」になっている。
万葉集の歌にかかわる植物100種を植えているのだ。
「水と緑に囲まれて、万葉のロマンを体感できる」
「人麻呂が愛した石見の花鳥風月」などという説明文が見られる。
広大な敷地にはキャンプ場もある。
湖もあり、ゆったりと過ごせるエリアだ。
時間があればゆっくりとすごせばいくらでもいることが出来るだろう。

■余談だが、NHK「篤姫」の脚本を書いているのは、田渕久美子さんだ。
この人はこの益田市の出身だ。
「純情きらり」「さくら」など味のあるドラマを観たものだ。

「高津川探訪」もやっと完結した。一日にしてかなり訪れたものだ。
<水源会館・水源公園・菖蒲園・古代米うどん・旧道面家住居・高津川・道の駅柿の木
津和野(SL・森鴎外記念館と旧居・お堀の菖蒲)・柿本神社・万葉公園・高津川河口の風車・多田温泉・・・・・>だ。
書くだけでも疲れた・・・・・。
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まだ続く6月21日(土)ドライブ紀行

島根県吉賀町(旧六日市町)で見かけた「旧道面家住宅」
江戸末期の古い民家だ。
石見地方の特色ある住宅で、
当時の農民の生活環境を知ることが出来る貴重なものだ。

保存された住宅の周辺には、様々な色の紫陽花が咲き乱れていた。

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■昨日の天気予報では午後から雨だといっていたのに、
今朝起きてみるともうぽつぽつと雨が降り出している。
ぎりぎり昼くらいまで天候が持ってくれれば、どうにか体育祭が出来るのに。
さて、どうなるか。際どい天気になりそうだ。

6月21日(土)のドライブ紀行がまだ残っている。
実はこの日の一番の目的は、今回の「高津川探訪」だったのだ。

●夫はこのところとみに「河川」に興味が出てきて
この日のドライブも、そのことを目的にコースが練られていたのだ。
「高津川」は島根県の西を流れる川で、
多くの支流の清流を集めながら益田市で日本海に至る。
島根県の4大河川の一つであり、流域にダムを持たないため
常に新鮮で豊かな水量をたたえ、度々増水することで川底を一掃し
清流が保たれるのだ。
清流の川床に付くコケを好んで食べるアユの味も日本一香ばしいのだ。

全国166の1級河川の中で、平成18年の調査で初めて日本一になった。
日本一は同率で9つある。4つは北海道にあり、中国地方は高津川一つだけだ。
私の知識では、「清流」と言えば四国の「四万十川」のイメージが強かったのだ。
「祝・清流日本一」ののぼりが立っていた。

●その水源がある「水源公園」を訪ねたら、そこには「しょうぶ園」があり、
見事なしょうぶが咲き誇っていた。
水源とされる場所には、大きな一本杉が立っていた。
樹齢1000年以上とされるものだ。

水源公園のすぐそばには「水源会館」があり、
高津川の歴史や、川のある「六日市町」(今では吉賀町となった)の歴史が語られていた。

この「高津川探訪」で知ったことに「河川争奪」と言うことがある。


●河川争奪(かせんそうだつ)・・・?
河川で戦争でもあったのかなというくらいしか捉えていなかった。
太古の昔、水源公園より10キロあまり上流からは旧高津川が流れてきて
日本海に注いでいたが、河川争奪により川の流れが変わり
山口県の宇佐川(錦川の支流)に流れ込んで瀬戸内海に注ぐようになったのだ。

その結果、水源公園より上流の旧高津川は水の流れがなくなってしまった。
現在の田んぼの下には旧高津川の河床が残っている。

「河川争奪」に関しては「水源会館」の女性職員が大変親切に説明してくれたのだ。
後日益田市にある「NPO法人・アンダンテ21(高津川地域の活性化に取り組んでいる組織)」
の方から詳しい資料を送っていただいた。

私はそうではないのだが、夫は何でも凝る方で熱心に研究するのだ。
かなり専門的なことを理解してきたようだ。
私はどちらかと言うと不得手な分野で、
ここまで書くのに時間もかかり、疲れきってしまった。
狭いパソコン机の上に資料を広げることも出来ず、
参考資料の多い文章は作り上げるのに苦労するので嫌になるほどだ。

●●追記
それでも、まだ何かと分かりにくいようだ。

河川争奪とは、人間の水をめぐる争いではなく、まさに自然現象によるものを「争奪」と言う表現をしているのだ。

ちょうど分水嶺のような状況下で、さまざまな要因から流れが変わったと思われる。
一方の川の流れが他方にとられたことで、「争奪」と表現するのだ。

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■昨日は体育祭の予行だった。
今にも降り出しそうな雨がどうにか持って、
午後から降るかとも思ったが、結局は降らなかったのだ。
この調子では、土曜日の体育祭は天候に恵まれるかもしれない。

●昨日の記事「津和野」の第2弾。画像を中心に載せた。
写した写真の中でまだかなり残っていたものだ。

▲まずは「津和野大橋」。

殿町。昔の風情を残している通りだ。
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津和野駅の駅名板。「駅」の字の旧字体のものが残っている。いや観光用にあえて作ったのか?
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一旦去ったSLがバックで走ってきた。
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「森鴎外記念館」の内部。内部は撮影禁止だが、入り口近くでちょっと写した。
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「森鴎外旧居」の内部。まさに昔の作りだ。
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森鴎外の銅像。
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津和野名物の「源氏巻」だ。いわれのある菓子らしいが、説明の包装を紛失してしまった。
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