美しく歳を重ねるために

13年間は長いようであっという間だった。交流のあった方々有難うございました。新ブログfc2をよろしく。

タウンリポート・モニター・投稿文

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■金曜日の昨日は、午前中1時間半だけ出かけた。
社協の民生委員さん主催の「防災講座」が公民館であったのだ。
社協だよりに載せる記事担当になったので、その取材だった。
これだけはどうして行かねばならない。まだ治り切っていない風邪を押してマスクをして出かけた。
 
話はなかなか面白かった。講師は地元の人なので、話が身近だ。
現職時代は技術畑の人で、手作りの雨量計などを見せてくれた。器用なものだ。
これは新聞のタウンリポートにもなると思い、両方に出すつもりだ。

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■帰宅後、あとはひたすら眠った。風邪をひくとどうしてこんなに眠いのだろう。
体のだるさや頭の重さがある。昼は総菜パン2個を食べるのが精いっぱい。
何を食べようとしても味気なく、食べる気力がわかない。
夕食は、ヨーグルトきな粉にバナナ1本をやっと食べた。
 
食べなければ痩せる。当然だが、病気の時はそれを痛切に感じる。
平素は食欲がない日がめったにないのに、病気の時だけは別だ。
食べずに痩せるなど嬉しくないものだ。しかし、胃も弱っているのだろう。

栄養のあるものを食べる必要性は感じるが、食べられないので仕方がない。
こんな時にはお粥を食べるのは理にかなっている。しかし、栄養の点ではあと一品は必要だ。
野菜など具をたっぷりと入れた汁物が一番良い。すりおろししょうがを入れた生姜湯も飲む。
 
今は全国的にインフルエンザが大流行中だ。
幸にもインフルエンザではないようだが、とにかく休養するに限る。
今日は出かける用事もあったが、仕方なく欠席連絡をして、しっかり休むことにする。

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昨日も寒い一日で、ここしばらくは外の用事がなければ一日中家の中にいることが多い。

書斎にしている机の位置を変えてみた。その後、書類を片付けた。
切り抜きの書類もまとめてはたまに片付けるが、それ以外のファイル内の書類を片付けた。
 
年金、保険、確定申告、銀行関係・・・溜まりに溜まったものを、まとめて片付けた。
こういうものは日々こまめに片付けるわけにはいかず、ついつい溜めてしまうのだ。
不要なものは処分すれば、かなりすっきりして机周辺が綺麗になった。
 
夫は滅多にひかない風邪をひいて、珍しく一日中家にいた。
咳をするので、私はうつらないかと戦々恐々だ。
 
◆地元中国新聞の情報誌「フェニックス」(2・3月号)の読者のページに
私の投稿文が掲載された。

今月のテーマのページで「風邪」(予防法、ひいたときの対処法、エピソード)だ。
120字前後の字数制限なので、極めて短い文章だ。
 
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私の文⇒⇒
<現役の頃はしょっちゅう風邪をひいていた。発熱やのどの痛みや体のだるさがあれば
「インフルエンザになった!」と大騒ぎ。仕事は休めないので、すぐに病院へ直行し
点滴を打ってもらうと、翌朝にはケロリとして出勤出来た。そんな私を娘は
「また、なんちゃってインフル?」と毎回あきれ顔だった。> 
 
他の人の対処法は・・・
<冷水摩擦、ミカンを食べる、しょうがパワー、手料理、歯磨き、ぜいたくな飲み物、卵酒、
梅干しの肉をすりつぶして布に塗りこめかみに貼る、美味しいものを食べて寝る、
蜂蜜キンカン、ネギを首に巻く…>全部で18人の様々なエピソードが載っている。 
 
掲載謝礼は「ちゅーピー500ポイント」だ。
 
何だかこの頃は、あれこれ文章を書いては、新聞や雑誌に投稿することが増えた。

書くためには題材を見つけねばならないし、どこに何を投稿しようかと探す。
そのためには、あらゆることに関心を持ちアンテナを広げていないといけない。

退職後のささやかな生きがいのようなものになってきている。やっとたどり着いた趣味の世界だ。
やっと・・・とはいえ、文章を書くことはもともと好きなことではあった。
 
<投稿⇒掲載⇒謝礼>は心地良い活動なのだが、書くためにはどうしても机に座る時間が増える。
運動量が減って、いつの間にか動くことが億劫になってきているのが、唯一の難点ではある。
健康のためには、静と動をバランス良くしないといけないとは思う。

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朝食中にメールが入った。何だろうと見てみると高校時代の友人からだった。
朝刊に私の投稿記事が載っていると知らせてくれたのだ。

そういえば、この人は以前にも同じように知らせてくれたことがあった。
知らせがないと自分で知るのはかなり後になる。
早くに新聞を読んで、見つけるのはさすがだ。
 
そうこうするうちにファックスが届いた。
自身も投稿が好きでよく掲載される知人からだ。手書きの文章だ。
 
さすがに新聞掲載の反響は早くて、大きいものだと実感した。

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11月26日に送った文章で、もう掲載されることはないだろうと思っていたものだ。
自分の送ったものを多少手直しされてはいるが、元の文を載せてみる。
亡き母のことを書いた文章だ。
 
◆断捨離で本をかなり処分したが、まだまだ残っているので、久しぶりに再度整理にかかった。
作業中に古い料理本が見つけた。もう20年も前の本だ。今のものと比べると写真は古臭いが、
料理そのものは役立ちそうなのでこの本は残すことにした。
パラパラとめくると、最後のページの空白の片隅に手書きのメモがあった。
 
母の字だ。平成7年8月の日付けがある。
入院中の母が、見舞いに来た人をメモしたものだった。
父と弟と私の3人が交代で泊まり込んだ。来た時間と帰った時間を丁寧に記録している。
母が自分のノートにあれこれメモをしていたのは覚えている。しかし、これは私の料理本だ。
私が持参した本にメモをしたのだろう。それがまた私の元に戻ってきていることに
何とも不思議な思いになった。
 
この時母は72歳。私は40歳代だ。母の病気はかなり重く、3人交代で付き添ったのだ。
3日に1回とはいえ結構きつかった記憶がある。現役時代で仕事もあった。
家には2人の子も待っていた。
 
現在は父の介護で週に2回実家に行っている。
この夏は父の体調不良や入退院などでかなり実家に泊まったが、
今は家で待っているのは夫だけで、夫婦とも仕事もしていない。
20年前と大きな違いがある。
 
それにしても、今回亡き母のメモ書きを見て、書いた文字は残るのだと言う感慨があった。
今どきのデジタル生活では、手書きの字を見ることが減った。
字を見ても誰の字かわからない時代になっている。
母の字を見て、在りし日の姿が浮かんでくる不思議な感覚になった。◆
 
私はブログ記事を書くことを日課のようにしているが、
夜のうちに書いて翌朝再度見て文を添削する程度。
日々あわただしくて、文章をじっくり練り直すこともない。
たまにはこのように丁寧に文章に向き合わないといけないとこの頃考えるようになった。
 
タウンリポーター記事の時たまの投稿も続けてはいるが、
これはこの仕事をやっている人が限られるので、投稿すればほぼ掲載される。
それにこれは朝刊ではなく、「第2の朝刊・セレクト」だ。
 
それに比べて、朝刊への投稿はなかなか掲載されることは難しいようだ。
地元の中国新聞でいえば、読者投書欄の「広場」、家庭欄の「こだま」、そしてセレクトの
「ひといき」・・どれもそう簡単には掲載されないようだ。

日々書きなぐるような文章よりも、
じっくりと書いて深みのある文章へと変えていく必要性を感じている。

高齢化の表れか、高齢者の掲載が多いのには驚かされる。
70歳代や80歳代の投稿者が多いのだ。
50歳代や60歳代ももっと頑張らねばと思う。そして私自身も。


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ブン屋稼業

先般の公民館での講演会の様子を載せた記事が、地元新聞のセレクトに掲載された。

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今回は、記事として載った文をそのままブログにも載せてみる。
実際に書いた文章はもっと長いのだが、スペースの関係でかなり短くなっている。
それは担当の記者さんが、毎回短く上手くまとめてくれるのだが。

<○○公民館で10月29日、図書ボランティア応援講座があった。
元中国新聞記者で同社顧問の浅野温生さん(84)が講師を務め、
「〜ブン屋稼業っていいもんだ 駆け出し時代のあの頃〜」と題して約40年間の記者生活を振り返った。
 
約30人が熱心に聞きいった。浅野さんは入社後、社会部や報道部、文化部などの職場を歴任。
警察、裁判所、大学のほか、気象台や国鉄(現JR)、宗教、レジャーなどの多分野で取材を重ねた。
 
時代の息吹が聞こえてきそうなエピソードが次々と披露され、参加者は興味津々だった。
広島東洋カープが黄金時代を迎え、2度の日本一に輝いた運動部時代の裏話もあった。
 
浅野さんは、鉛の活字が消えコンピューターによる新聞編集システムに移行した変遷も
解説した。主婦の○○○恵さんは「新聞社や記者の裏側を知ることができた。
今も衰えぬ行動力に感心した」と話していた。>
 
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◆セレクトは、以前の夕刊の役割をするものだが、朝刊と一緒に配られる。
「第2の朝刊」という名目で昨年の5月から始まった。
しかし、夕刊も今のセレクトも取っていない家が多いようで、記事の反響はあまりない。
 
しかし見る人は見るので、この講演会のお世話をした人から、朝一番にファックスが来た。
この人はなかなか筆まめな人で、自身も投稿マニアである。
公民館担当者や講演者にも連絡をしてくれると言う。いつもは私がしていたのだが。
コメントを貰った人には私から連絡したら、喜んでくれた。
 
「タウンリポーター発」欄への掲載は、55回投稿中の36回目の掲載になる。
ほど良い刺激を保ちつつ、今では趣味のようなものになっている。いつまで続くのやら・・・・だが。

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地元新聞の「タウンリポーター発」に私の記事が掲載された。

2010年から始めたこの仕事、退職後の生きがいにでもという軽い気持ちだったが、
やれば楽しいが、苦労もある。それでも止められないのは、性に合っているからか。
 
これまで54回地元を歩きその取材をして記事を書いて、35回掲載された。
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朝刊掲載の頃は、不定期コーナーでめったにその記事の登場はなかったが、
そのうち夕刊では定期的な掲載の場が出来てその機会は増えたが、朝刊ほどの反響はない。
今は夕刊もなくなって、朝刊と同時に配られる「第2の朝刊・セレクト」が舞台だ。
 
今回の取材当日は、ちょうど忙しい頃で参加しようかどうか迷ったが、
その催しの講師からたっての願いで誘われて出かけたものだ。

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◆○○公民館主催の歴史講座「歩いて学ぼう○○〜お散歩コース〜」が行われた。
9月30日にあった○○エリアに同行した。
 
地元在住の歴史研究家の田○○○さん(81)の案内で各所を歩いた。
秋雨前線が停滞する中、雨はどうにか降らずに、午前中2時間で7カ所を巡った。
 
地元の菩提寺として祀られている「正光寺」は、小学校が出来るまでは寺子屋として
使われていた。隣接する「○○小学校」内には忠魂碑や戦勝記念碑が建っている。
 
大正15年9月深夜に発生した大洪水で、○○は大きな被害を被った。
その様子が詳しく刻まれた「水害碑」が川べりに立っている。

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地元で唯一の鎮守の氏神様である「○○谷神社」は、5世紀前半に出来たであろうと
推察される。
朝鮮遠征の際に、神后皇后がこの地に船で立ち寄り休憩をしたとされる「金○神社」からは、
この一帯が海面であったことを知った。
 
以前は高尾山の山頂にあった「岩○寺」は、昭和44年に現在地に移築された。
 
最後に樫の木をご神体とした「矢○山神社」を見た。かつては矢○山城があったが、
平成に入って墓苑が出来た時、山頂の1本だけ残してご神木とし
矢○山城史跡の一部として保存されている。
 
参加者18名は、田○講師の詳細な説明にうなずいていた。
隣町から参加した主婦の小○○子さん(68)は「いつもバスで通過するだけの町を、
足で巡ることで新しい発見や感動があった」と笑顔で話していた。
 
10月28日には、健脚コースとして、高尾山の自然観察と歴史学習を予定している

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