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今週の木曜日に学区社協の広報部会があった。
本年度3回目の会合で、「社協だより」の印刷が完了したので、配布準備作業だった。
この日は、広島カープが優勝するかもしれないという日で、
19時から始まったこの会合は、まさにその試合の真っ最中で、皆気になること。
結局、この日の優勝はなかった。分類して配布するための作業はあっという間に終了した。
年にたった2回だけの発行だが、これで上半期の号が配布出来る運びとなった。
3000部印刷したが、一色刷りの地味なものではある。
カラー印刷は、予算の関係でまだまだ先に持ち越しのようだ。
それでも、中身の一つ一つの原稿は読みごたえがあるものばかり。
地元在住の郷土史家の「ふるさと歴史散策」記事などは、いつも感動する内容だ。
お知らせ中心の伝達新聞ではなくて、行事などの出来事を報告する内容が多い。
コンテストか何かで「内容は読みごたえがあるが、見栄えの点では少し残念だ」
と批評を貰ったとか。読み捨てには出来ないので、私は過去の号を保存している。
今回は、恥ずかしながら広報部の新入りである
私の記事が一面トップを飾った。
「いきいきサロン・防災センター体験記」だ。
いきなりこんな大役を頂いて良かったのだろうか。
今回私は3回の会合に参加して、
記事を一つ書いただけだが、
広報部長さんは大変だ。
13人の部員召集の文書を作り送付する。
車で各家に配っていくという。
部会に関することや新聞づくりに関すること
すべてに文書などの準備の事務作業が伴う。
この部長さんは私の中学2年生時の担任の先生で、現在78歳。
他の部員もこの年代の男性が多い。13人中女の人は3人のみ。
依頼原稿が手書きのものをPC入力する人、それを集めて配置を決め紙面作りをする人、
皆でゲラを校正し、印刷へ回す。そして今回の配布のための全員での作業。
会合こそ3回だが、ここに至るまではやはり結構大変だ。末席の私は今はまだついていくだけだ。
参加してみて色々なことがわかり、参考になった。
いつも帰りが一緒の女性は「参加者から得ることが多い」と言う。
「皆さん見識のある人が多い」とか。何事もやってみれば、その奥深さを知る。
大変そうだからと敬遠しているとその良さを知ることはないのだ。
ちょうど介護で忙しくなった時なので出来るかどうか不安だったが、杞憂だった。
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タウンリポート・モニター・投稿文
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昨日は午後から「一天にわかに掻き曇り」、あっという間に雨が降り出した。
温度の上昇により、にわか雨の場所もあると言われていたが、まさにその通りになった。
それもかなりの雨量。久々に野菜や花にも恵みの雨となった。水やりの必要がないのが嬉しい。
■7月上旬に行われた防災に関する行事の記事が、
地元新聞の「タウンリポーター発」に先日掲載された。
◆社会福祉協議会(福祉部)主催の高齢者移動サロンが
広島市総合防災センター(安佐北区倉掛)で行われた。
今回は65歳以上の44人がバスでセンターまで出かけ、防災について学んだ。
▼過去の震災や広島の土砂災害などを振り返り、タブレットを使用して
市や県の防災情報サイトを開き、ハザードマップなどを見たりした。
▲
煙が充満した通路での避難体験を行い前が全く見えない中での行動の難しさを実感した。
▼消火器を使って消火体験もした。天ぷら油が高温になると発火する様子と、
発火後は元栓を閉め、蓋をしたり濡れた布をかぶせたりして消火する実験もあった。
水をかけると火が一気に拡散していく様子には息をのんだ。
最後に地震体験をした。震度6の地震を想定した部屋の中で代表の2人が実際に体験した。
テーブルの下に隠れたり、頭に座布団をのせたりしていた。▲
参加者の○○○子さんは「このセンターには初めてやって来たが、話を聞くだけでなく
実際に体験することも出来て、本当にためになり貴重な体験が出来た。」と感動していた。
終了後はバスで地元に戻り、「防災井戸端会議」と称して会食をしながら談話をし、
実りある半日となった。◆◆
この記事は9月発行の地元「社協だより」にも載る予定である。
この文章は、新聞掲載⇒ブログ記事⇒社協だよりと大活躍をすることになった。
書き甲斐があると言うものだ。
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少し前になるが、6日に行われた「桜を育てる会」の活動の様子と観桜会についてが
新聞のタウンリポーター記事に掲載されたので、その元記事を載せてみる。
これまでのリポートは51回、掲載は33回目になる。初回は2010年10月。
■■日退協(日本産業退職者協会)広島支部(中区大手町)ボランティア委員会主催の
「桜の木を育てる会」が、東区温品町の菰口(こもぐち)憩いの森公園で行われた。
15年前、広島支部発足10周年記念にボランティア委員会も発足し、
広島市から寄贈された桜の記念植樹をしたことがきっかけで、
以後植樹を続け育ててきたもの。今では100本近くの桜が育っている。
その1本ずつに担当者を決め、名札をつけて育てた。
今回は各自所有の木の手入れをし、花見弁当を食べ、ペタンク大会をして親睦を行った。
桜は平素は上温品町内会などがこまめに世話をしてくれている。
予定された4日(月)は雨で6日(水)に延期されたため、参加者は少し減ったが
54人が集まり親睦を深めた。
委員会副代表の○○○○子さんは「天気が心配だったが、よく晴れて楽しい集いになった。
和気あいあいとした会でこれからも長く続けたい。」と話す。
日退協は、定年退職者のための団体で、1984年(昭和54年)に経団連(当時)
加盟企業を中心に企業退職者を含むシニアの社会参加と生きがいづくりのために設立された。
業界や企業を超えた幅広い交流の場を作り、経験や能力を生かし、交流の場で
新しい出会いを広げることを狙いとする。社団法人から平成24年には公益社団法人となった。
本部は東京にあるが、平成4年に広島支部(中区大手町)ができた。
関東、広島支部を合わせ1700人ほどの会員がいる。■■
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■熊本地震は、時間がたつにつれ被害状況がどんどん増している。
被害対策や不明者の捜索にも懸命に当たっているようだ。
それに併せて避難者の生活支援の大変さを見聞きする。
支援物資はかなりあると言うが、それを配布する人員が足りないようだ。
こういう時には上で指示する重要性を感じる。
指示系統を作り機能的な配布をしていかないと、皆が並ぶだけでは時間ばかりかかる。
並ばなくても代表者が取りまとめ、そのほかの人はその配布の援助をするような
システム作りは出来ないのだろうか。今はまだ何も考えられない状況だろうが、
長引くことを考えればいずれ必要になることだ。
阪神淡路大震災、東日本大震災、広島土砂災害などからの教訓を生かすべきだろう。
それをいかにして指示徹底していくかにかかっている。
緊急時にこそ冷静で大局的な判断が求められる。
■土曜日に出かけた県緑化センターの花を載せてみる。
▲桜の次はつつじだ。
▲水仙とシャクナゲ
▲ハナカイドウ
■昨日は、タウンリポーターの取材に出かけた。
3月から4月にかけて、ここしばらくは出かける回数が多くなっている。
月に1回くらいが良く、あまり多いとせっかく出かけても掲載されないと無駄になる。
それに関係した人たちの期待を裏切る形になるのが嫌なのだ。
それでも、何年もやっていると色々なつながりができて、取材素材を紹介されることもある。
紹介されても行かないのは失礼なので、やはり出かけるようになる。
取材前には新聞社に必ず連絡がいる。
取材内容の重複防止のためと、事故などのための傷害保険にかかわるためだ。
担当の記者とも顔なじみになる。
とはいえ、メールでのやり取りのみで会うことはめったにないのだが。
「取材素材が次々に出てくる」と話すと「若い記者に言って聞かせたいほどだ」と言われた。
本職の記者も記事素材探しに大変なようだ。
昨日の取材は午前中の1時間半。その後記事にまとめる作業。
事前に新聞社に連絡をして、掲載後には関係者に連絡・・・と
1記事に対してあれこれ作業が伴うのは毎度のことだからもう慣れたが。
それでも、掲載の嬉しさがあればこそ続く。
ただ、もう最初の頃のような感動も少なくなってきているのだが。
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3月末の春休み中に「オペレッタ」の催しを取材して記事を送ったら、
先日、新聞に記事が掲載された。50回投稿中の掲載は32回目。
その記事⇒
3月末にファミリーコンサート「オペレッタ・夕鶴」が○○児童館であった。
春休みの家族の触れ合いを目的とした○○公民館との共催事業。
親子連れなど40人ほどが観賞した。
オペレッタとは、貴族の楽しみだったオペラを誰にでも楽しめるようにしたもの。
出演はゴールデンウィングス。17年前、当時○区の幼稚園に通う子供たちの母親が
集まってコーラスなどを楽しんでいた。その後メンバーの引っ越しなどで入れ替わりは
あったが、現在も週1回のオペレッタの練習を欠かさない。
老人ホームや公民館行事などに出かける。
平均年齢59歳、40歳代から60歳代までの10人の仲間で活動している。
代表の○本○子さんは「活動は仲間と和気あいあいとして楽しい。
呼ばれればどこへでも出かけます」と話す。
馴染みのある「夕鶴」の話に、歌を交え笑いも取り入れて面白く演じた。
途中でじゃんけん大会なども挟み、1時間近く観客と楽しく交流した。
父親の○○○一さんと観賞した○○ちゃん(5歳)は
「じゃんけん大会で勝って賞品をもらった。話は面白かった」と笑顔で話した。
■以上が私の<タウンリポーター>に関することだが、
広島でのG7外相会合が昨日終わったが、
メンバー一向は昨日は原爆資料館見学をした。
その時に記された芳名録が今日の朝刊に記載されている。⇒⇒
そのほとんどが英語なのだが、
ドイツ語の訳をする人がいなかったためか、
ドイツ在住の我が家の娘に依頼があったのだ。
夜のことでバタバタしたが、どうにか間に合ったよう。
朝刊に訳が載っている。
海外メールでの付き合いから、このようなつながりになったのだ。
つながりというものは、どう広がるかわからないものだ。
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