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1月2日
◆毎年2日は私の実家の集まりで、これは結婚以来何十年も続く恒例行事だ。
末の弟の長男坊が結婚したので、今年は家族5人を連れて帰省しお披露目の催しとなった。
山口県岩国市の錦帯橋近くのホテルに集まった。
前に我が家の長女一家がドイツから帰った時に、お披露目の宴をしたホテルの系列館だ。
館内では他にもいくつかのグループの集まりがあり、賑わっていた。
畳敷きの上にテーブルと椅子式なので楽で良い。総勢12人。
父だけはとうとう参加できず家で留守番だ。長い時間に耐えられないというのだ。
ご馳走もしっかり食べきれないというので、残念なことだ。
すぐ下の弟夫婦がおせち料理を持って来てくれて、それを刻んで昼食と夕食用に準備してくれた。
◆食べて飲んで喋って3時間近くも長居をした。形だけのお祝い贈呈式もした。
新婚夫婦は年末のハワイウェディングから帰ったばかりで、忙しかっただろう。
埼玉からやってきて、岩国錦帯橋空港に着きこのホテルに直行した。
飛行機はお正月と言うことで満席だったとか。
◆話は尽きなかったが、次は父の待つ実家へ。ここでは8人が揃った。
父はベッドから起きてきて、ちゃんと正装までして椅子に座った。
ここでもまた話をつづけた。たまに会うと色々な話があるものだ。お茶とお菓子での歓談だ。
名残は尽きないが夕方になったのでお開きにした。
家族5人はこの日は岩国に泊り、翌日岩国観光を少した後、宮島、大阪に行くという。
例年は同じよう集まりだったが、今年は若夫婦を迎え少し雰囲気が違った集まりとなった。
父も元気で孫の新しい門出を見ることが出来て良かっただろう。
新婚さんを見るのは光り輝くようで楽しいものだ。お似合いのカップルに幸あれと願う。
11人いる孫のうち3人が結婚した。あとに続くであろうお年頃の孫がまだたくさんいる。
父のように長生きをすれば、孫の結婚や曽孫とも会えるのだ。
◆その後急いて父の夕食を準備して、実家を後にした。
外はもう真っ暗。途中で夕食に立ち寄った。
あれでもと温泉セットを持参したが、お腹も満たされている後だし遅くなるので止めにした。
当てにしていた温泉場は宿泊客もいるので、ごった返す時間帯なので止めにしたのだ。
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介護・実家行き
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■2018年がスタートした。今年は平成30年になる。平成も残りあとわずかだ。
▲先般公民館で作ったミニ門松。上側が引っ掛かるので無理やり曲げているがなかなか良い感じ。
一緒に作った人に出会った。「しめ縄作りより良かったね。私も玄関に飾ったよ」と言っていた。
松と南天などを入れ替えればまた来年も使えそう。下部分には水も入っている。
昨年は、自分自身の病院通いや、義父が亡くなったり、実父の年末入院などがあり、
あまり良い年ではなかったかもしれないが、
大病をしたわけでもなく、まあまあ元気に過ごせた気もする。
今年もより一層良い年になれば良いなあと思う。
ともかく健康あるのみ。健康であれば何でもできる。
■大晦日の昨日は実家の父の所へ行った。
退院2日目になる。一昨年夏の退院の時もそうだったが、生活の変化に戸惑いが見られた。
あの時は1か月半だったので、その変化は大きかった。
今回は12日間とは言え、やはり家の生活は病院ほど楽でもない。
でも、入院時の痛みなどは大変ではあったらしい。
退院に際して、仮歯の手入れの仕方や、薬の飲み方などを指導されたが、
あれこれ小さな字で書いた説明書を読むのも理解するのも困難だと愚痴ること。
また弱音が始まった。しかし、高齢になったらもう子供と同じと思わなければやっておれない。
父の場合、まだまだ頭がしっかりしているので、考えることが出来る。
逆に心配性になり過ぎて困るのだ。あれこれ心配せず、子供に任せればよいのに
ああだこうだと心配事を並べる。弱音と愚痴が出るのは毎度のことだ。
目も耳も足も次第に不自由になり、思う様に自由にならないのがもどかしのだろう。
そう考えれば、「認知症」になるということはある意味で幸せなのかもしれない。
周囲の人間に迷惑こそかけるが、本人にとっては悩みの心配がないのだから。
「晩年になって神様がくれるご褒美」なのかもしれない。
亡き母も最後の何日かは意識がなかったが、最後まで頭はしっかりとしていた。
父と昼食を一緒に食べ、夕食と翌朝の食事の準備をして実家を後にした。
31日ともなると道路はあまり混んでいない。結構すいすいと走れた。
混雑するのは高速道路などなのだろう。
最後になりましたが、
つたない私のブログですが今年もよろしくお願いいたします。
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■昨日は父の病院の面会に行った。入院8日目。
2泊3日の予定がどんどん延びている。
昨日の診察では今日予定だった退院は無理なようで、退院はまたさらに延びることになった。
お正月にかからねば良いのだが。
昨日の朝、我が家の固定電話に聞きなれない呼び出し音が鳴った。
表示に「公衆電話」と出た。めったにかかることのないものだから驚くほどの音だ。父からだ。
もしもの時にと渡した電話番号と小銭を使って私の家に電話してきた。
平素は家の中で歩く程度であまり歩かないのに、電話場所まで行くのに大変だっただろうに。
「下着の替えがないのですぐに来て欲しい」と言う。2泊3日の予定で荷物も少なめだったのだ。
慌てて出かけたが、行ってみると「売店で下着を買った」という。
さすがに売店は遠いので、看護師さんに車椅子で連れて行ってもらったとか。
診察は午後からなので、呼び出しがあるまではひたすら待つ。
この日は午前も午後も手術日なので、手間がかかる曜日のようだった。
やっと呼ばれたのが午後4時。治療は30分ほどだったが、またしても出血が止まらず
退院予定の今日は無理だとなった。
そうなれば、一度実家に行ってあれこれ持ってこなければいけない。
待っている間にしたかったが、退院か延長かがわからないので、ひたすら待つしかなかった。
待ち時間のなんと長かったこと。
実家では荷物をまとめ、たまった新聞を片付け、あれこれしていたら暗くなった。
病院の面会時間は20時までなのでそれまでには戻らねばならない。
やっと病院に着き、用事を済ますとぎりぎり面会終了時間になった。
朝からバタバタして病院へ行き、その後はじっと待ち、その後またバタバタとした1日だった。
ゆっくりと食事も出来ず、サンドイッチ、パン、おにぎりなどを食べた。
実家にいる間にお腹がすいたので、カップラーメンも食べた。何とも偏った食事となった。
自宅を出たのが10時半、帰宅したのが20時半で、長い一日だった。
■久しぶりに我が家の野菜。
今は寒い時期なので目立った成長もないが、緑の葉物野菜がある.。.
寒いし膝にも響くので畑仕事もしていないが、少ないながらある野菜には助けられる。
近所の仲良しさんからは、大根と里芋を貰った。
以前は散歩途中でよく畑を眺めていたが、今はとんと行っていない。
夏などには「出来過ぎて食べきれないので食べて」と言われたものだが、
さすがにこの冬は出来は悪いのだろう。
今日はその大根1本を丸々使っておでんにして食べた。
葉は湯がいて油で炒めてしょうゆと砂糖で味付けをして食べた。
新鮮野菜はさすがに美味しい。
今はお店に行っても野菜が高いし、品数も少ない。冷蔵庫内の野菜室も淋しい感じだ。
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昨日は父の見舞いに行った。見舞いというよりは様子見に行ったのだ。
入院4日目。本来は2泊3日で退院の予定だったが、
土日が入ると不安なので、7日間に伸ばしてもらった。
前にも近くの歯科で抜歯をした時、血が止まらず、父は家で一人困ったことがあった。
血の付いたガーゼが溜まっていた。その点今回は安心だ。
今もまだ点滴注射などの治療はあるが、暖房は効いているし、食事の心配はない。
「自宅にいれば、ないようでもあれこれ細々した用事があるものだ」と父は言っている。
「家にいる時はあれだけ足が不自由だったのに、ここでは足がよく曲がり楽になった」とも言う。
適温のため関節に負担がかからないのだろうか。
逆に家に戻った時にまた寒さに困るかもしれない。
携帯電話がないので連絡に困るという。公衆電話を探したが、
かなり歩かないといけない場所にあり、1人で歩いては行けない。車椅子を使って行くことになる。
今時は公衆電話を使うことは想定していないのだろうが、一応小銭をたくさん準備した。
「何かあれば看護師さんに言うこと」としか言えない。
こんな時は携帯電話を解約したことが悔やまれるが、平素はほとんどいらないのだ。
それに短期入院のため、荷物をかなり少なくしていたので、あれこれなくて困ることも多い。
その都度弟の家から持ってきたり、実家に戻って持ってきたりする。
毎度食事の時間帯におれず、食事がどんなものか見られない。
「パンが出るとかみ砕けないので困る」と父は言う。
夕食は6時なのでそれまで待たずに、帰ることにした。
▲写真がないと記事が寂しいので、以前行った「こころ庵」の写真を入れた。
クリスマス仕様と、お正月仕様の花があった。
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ミニ門松づくりを終え家に帰ってお昼を食べ、今度は父の見舞いに行く。
平素実家に行く距離のちょうど半分ほどの位置にあるかなり大きな総合病院に父は入院した。
抜歯のために2泊3日の入院予定だったが、6泊7日に延びそう。
火曜日には3本の抜歯の手術をしたが、2時間ほどもかかったという。
歯はすぐに抜けたが根っこの神経が食い込んでなかなか抜けず、痛みもあり大変だったとか。
午後4時から始まって6時までかかり、痛みと緊張ですっかり疲れ切ったのだ。
水曜日にはさらに2本の抜歯予定でずっと待っていたが、
担当医は午前中は外来、午後からも急患があったため、やっと呼ばれたのが午後の4時。
父は待ちくたびれた上、その間いつ呼ばれるか気が張って、またしても疲れ切ったのだ。
ということで、この日は消毒だけして木曜日に持ち越しとなった。先生も疲れたのかもしれない。
前日と同じようにまた2時間ほどかかり簡単にはいかなければ先生も疲れることだろう。
まともに終わっても6時になる。朝からずっとの仕事なので、本当に大変なことだ。
父は抜歯後なので食事もほとんど出来ず、ほぼ飲み物ばかりだった。
昨日の夕食でやっとご飯のお粥状のものが出るらしかったが、私は夕食まで待たずに帰った。
たかが抜歯とはいえ、高齢でもあるし長年使った歯は簡単には抜けないほどの状態だったようだ。
服用薬の関係で出血が止まらない懸念もあり、内科医とも連携しての大掛かりな抜歯になった。
弟はそのほとんどにつきっきりだ。病院に任せても良いだろうが、誰かがいないと父も心細かろう。
入院や手術時には家族の誰かが書類を書いたりする必要もある。
ふと自分たちの老後時にはどうなるのだろうと思ったりもした。
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