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2日で一気に読み終えるほどの面白い本を見つけた。
「おいしい資本主義」近藤康太郎
河出書房新社・2015年8月初版
題名だけ見るとやや硬い感じがするが
中身は随分柔らかくて、笑いながら読んだ。
雑誌の書評で、作家の池澤夏樹さんが
褒めちぎっていたのを見つけ、読みたくなったもの。
著者は1963年東京生まれ。
昨今何かと騒がしい某有名新聞社に勤め、
2001年の同時多発テロの時は
まさに目の前で崩れ落ちるビルを見た。
現在は編集委員兼諫早支局長。長崎県諫早市在住。
ニューヨークから東京に帰ってきた2002年、東京で暮らすのが住み辛く息苦しくなった。
協調性ゼロ、新聞社だけでなく外でライターとして書くことをしていたら、社内では浮く。
居場所がなくなる。ある日、衝動的に異動願を出した。
東京から遠く離れた田舎の支局に飛ばしてくれないかと。もう50歳を過ぎていた。
家族のことは出てこない。どうも独り身のようだ。
ライターの仕事はインターネットのせいで、昨今厳しくなっている。
勤務しているA新聞社も、その後嵐に見舞われることになる。将来的には新聞は斜陽産業だ。
そこで考えたのが「オルタナ農夫計画」だ。「オルタナティブ」とは「選択肢」のこと。
プロのライターでありながら、最低限の生活の糧、米を自分の手で稼ぐのだ。
それもできれば最小限の時間と労力で。朝1時間だけ農作業後は普通に新聞記者をする。
ライターが主で、農夫は従だ。「朝だけ農夫」なのだ。
軽いシャレのつもりで言ったのだが、いつの間にか長崎県諫早に転勤となった。
全く知らなかった土地に赴任し、支局の近くに耕作放棄地を探すことから始める。
東京では不要だった車がいるので、衝動でポルシェのオープンカーを買った。
これで田んぼに通うつもりでいたが、さすがに農作業には不向きだと知る。
後に軽トラを買うことになる。本体10万円+諸経費5万円5千円だった。
服には変なこだわりがあり、アロハシャツで通し、農夫デビュー。まずは田起こしから。
田んぼ作り顛末記は、この後半年にわたって新聞連載になった。
「アロハで田植えしてみました」という題だ。新聞記者の仕事でも夏はいつもアロハだった。
全く地縁もない場所で、土地を探し農業の師匠に巡り合った。
水をめぐっての闘いもあった。いくらたっても虫は好きになれないというか怖い。
台風との闘いもあった。諫早市長が田んぼを見にも来たということを近所の人が教えてくれた。
そして収穫米は85キロあった。支出は軽トラが10万円で、
それ以外にかかった費用も全部含めて、合計15万円4305円。自動車関係が一番多い。
初期投資はかかるが、2年目からは数万円あれば米作りは出来る算段だ。
オルタナ農夫、朝だけ耕、へたれ田人、アロハで百姓・・・はどうやら成功した。
生きるために書きたくもないことを書かされることは死ぬほど嫌だ。
米を自分で手に入れ、おかずやビールはライター稼業で稼ぐ。
空き家問題も考えた。今後は「アロハでマタギ」「アロハで漁師」「アロハで木こり」
「アロハで子守」なども考えている。生きる隙間(ニッチ)を見つけ永遠のニッチ探しをする。
転がる石のように自由に生きる。だから楽しい。だから人生は、生きるに値する。
好きなように生きてちゃらんぽらんなように見えて、
文章のあちこちに垣間見える知識と思想は深い。長いライターとしてのたくさんの蓄積がそこにある。
2年目の2015年は米作りに機械を一切使わない過激さで取り組んでいる。
米以外にも関心はどんどん広がる。
5年後、10年後にはどんな生き方になっているだろうか、本人はもちろん私も興味津々だ。
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読書
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読書2冊
▽「長女たち」篠田節子・新潮社・2014年2月発行・3月2刷
痴呆が始まった母のせいで恋人と別れ、仕事も辞めた直美。
父を孤独死させた悔恨から抜け出せない頼子。
糖尿病の母に腎臓を差し出すべきか悩む慧子……
当てにするための長女と、慈しむための他の兄妹。
それでも長女は、親の呪縛から逃れられない。
親の変容と介護に振り回される女たちを描く国民総介護時代に必読の連作小説。
作者は1955年東京生まれ。東京学芸大学卒。八王子市役所に13年勤務。
小説すばる新人賞、直木賞、山本周五郎賞、柴田錬三郎賞など受賞も多い。
「女たちのジハード」「カノン」などテレビドラマ化もある。
作者の写真を見たら、きゃしゃで年齢よりは若く美しい人だった。
本作品のイメージから想像していた人と違っていた。
長女というものは、
今でもこれほどまでに、親を憎み、ののしりながら、苦しみ抜いているのかとやや意外だった。
その苦悩する長女たちの言葉遣いが、口汚くて耐えられないほどだ。
作者もさぞや性格の悪い人だろうと想像していたのだが、
素顔の作者は全く違って爽やかだったのだ。
話が少しそれるが、私は言葉遣いにはやや敏感だ。
例のブログ「日本死ね!」の文章を読んで、気分が悪くなった。
本人の意図することともさることながら、言葉のインパクトが強かったためか、
世論は大きく動いた。言いたい内容や問題は別として、
あの文章を読んで、私は感銘を受けはしなかった。
口汚くののしる言葉には嫌悪感を覚える。叫べば良いというものではない。
「中学生進路自殺事件」へのコメントも、文章の体をなしていない乱れた言葉の羅列だ。
「2ちゃんねる」などでは読むに堪えない文章に、寒気がする。
話は戻るが、現代の長女は昔と違って2人兄弟姉妹などが多い。
長女というだけでこれほどのしがらみを受ける人が今でもいるということだろうか。
私も長女だが、これほどの思いを抱いたことはない。
介護問題、認知症の酷さを身にしみて感じた作品ではあった。
「あなたへの歌」▲
楊 逸(ヤン・イー)・1964年中国ハルビン市生まれ、中国籍。
2014年2月初版。中央公論社発行。
87年留学生として来日、お茶の水女子大学を卒業。
2009年より関東学院大学客員教授、
2012年より日本大学芸術学部文芸学科の非常勤講師に就任。
2008年「時が滲む朝」で第139回芥川賞受賞。中国籍の作家として、
また日本語以外の言語を母語とする作家として史上初めての受賞となった。
東京のお菓子メーカー「サンディフーズ」で働く中国出身のメイは、
結婚資金を貯めるため中国語講師の副業を始める。
大学時代から付き合っている日本人の彼は二歳年下。
煮え切らない態度に別れを考えるが、天津への転勤が決まった彼にプロポーズされて―。
そんなある日、中国語講座の生徒の一人、片瀬さんから
「中国人の妻・阿桂の連れ子が天津に家出をしてしまった」と
連絡が入り、思わぬ展開から、中国各地を探して回ることになる…。
そして阿桂の隠された過去が明らかになって…。
現代の日本と中国を舞台に描く「結婚」小説。
前半はまさに「結婚」に至るまでの話だったが、
後半は何とも意外な展開が繰り広げられる。まるで中国旅行をしているかのような内容だ。
しかし、その中には結婚にまつわる話がうまく入れられている。
最終章の「んんー夫婦という美酒」には
「米と水は、混ぜ方や環境、水加減により、おかゆかご飯になったり、お酒になったりする」
「何ら手を加えずに、そのまま放置すると、両方腐ってしまう」
「良質な水なら、良質で相性も抜群の米を見つけて、美酒を醸造する。質を見極めてからでないと」
「上手に発酵させる技術や長い年月を耐える根性がなければ、
良質で相性が抜群な相手でも美酒になれるとは限らない」
などと登場人物に語らせる。やはり後半も結婚小説だった。
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■昨日は、朝から暖房なしで過ごせた。さすがに夜はこたつには入ったが。
暖房なしでも過ごせる心地良さ。冷暖房も使わず自然のままでおれるのは心地良い。
でも、最近は雨がよく降る。
今日は4月の暖かさという。名古屋は23度まで上がり5月並みだとか。
それでも来週には寒の戻りがあるらしいのだが。
◆辻村深月「図書室で暮らしたい」講談社・2015年11月第1刷発行
このところ読書記事が続く。
これは近所の公民館で借りた本。
区の図書館でもよく借りる。
読書は、ある意味習慣のようなもので、
いったん読み出すと次々に読むようになる。
退職後は、ほとんど図書館を利用したものばかりで、ネット予約が多い。
読書が続けば、どうしても運動量が減ってくるので、
良くない傾向なのだが。
著者は1980年生まれ。我が娘の世代だ。
たくさんの賞を受賞しているし、作品も多く書いている。
「新作の度に期待を大きく上回る作品を刊行し続け、幅広い読者からの熱い支持を得ている。」
という紹介文もあった。
2013年から日本経済新聞夕刊の「プロムナード」というエッセイ欄に掲載された文章を中心に、
2011年以降にあちこちで書いた文章をまとめたエッセイ集。
初めは、若い世代という先入観からかなんとなく物足りなさを感じたが、読み進めていくうちに、
著者の読書好きが高じて今日作家という生業に至るまでの様子がしっかりと伝わってき出した。
千葉大学教育学部卒。
教師にはならずに、文章を書くことを両立するためにOL生活をしている。
その後、専業作家になった。今は子供を保育園に預けてから作家業を続けている。
そんな日常生活から見聞きして思うことを綴っているのだ。
しかし、ご主人はどうしているのだろうか。全く登場しない。
イクメンと言われる今どきの夫像が見られないのが不思議なほど。
それにしても、題名にあるように、子供時代から大の読書好き。
それが高じて今は作家をしているのだから、夢を叶えたといえよう。
好きなことを仕事にするというぜいたくな生き方だが、それなりの苦労はあるだろうに、
仕事の大変さは出てこない。愚痴や不満が出ないのは読んでいて気持ち良い。
今後ますます活躍するであろう未来に期待をしたい。今後は作品も読んでみたい。
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佐藤愛子「我が老後7・これでおしまい」・文芸春秋・2011年11月第1刷発行
1990年67歳の時から書き始めた「我が老後」も
20年間でシリーズは7になった。
一向に老後が終わる様子もなく、
87歳を機に完結としたいと「これでおしまい」にした。
著者は大正12年大阪生まれ。現在93歳。
同業の仲間はほぼいなくなったと嘆く。
「とりとめもなく・・・の話」として
15の話が載っている。最後は「粛々と終る」だ。
まあ、とにかく面白おかしい。
老後にしてこれだけの筆致なのだから、
若い頃はさぞかしだっただろうと思う。
新聞の広告欄に「我が老後7・花粉症がやってこない・・
ついに私は<完老>した。」とあった。
年を取ったら花粉症も来ないのか・・・花粉の飛散がひどいといわれる今年だが、
現在のところ私もまだそうひどくないので、ひやりとした。
文中には、やや下ネタっぽいことも平気で書いている。まさにおっさんである。
「とりとめもなく<ボケ>話」では、ボケているのは自分か相手かと悩む。
「とりとめもなく<けったいな>話」では、現代の便利この上ない家電製品、
ここではガスコンロに怒り心頭なのだ。「ややこしい家電にキレる」のだ。
取扱説明書などどいうものを読まないと扱えないことに憤る。それがまた笑える。
「とりとめもなく<暑い>話」では、老人がクーラーをつけないのには深いわけがある。
単にケチだとか、暑さを感じないとかで片づけてほしくないという。
クーラーへの抵抗感、克己精神、我慢は美徳精神・・自分がクーラーをつけずに死んでしまったら、「主義に殉じて命を落とされました」と記事にしてほしいと。
単に昔を懐かしむのではなく、現代に怒る気力、体力がある。その姿が勇ましいほどだ。
以前読んだ旅の本。これも痛快だった。⇒
佐藤愛子の旅の本・門野晴子の介護の本 2015/6/14 『娘と私のアホ旅行』
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■昨日のひな祭りは何もなかったけれど、チラシ寿司は作った。
年中行事の料理は、チラシなどを見ると作りたくなる。食で季節を感じたいと思う。
緑野菜がいるのでブロッコリーを庭に収穫に行ったが、
ふと見ると、蕪の葉先が菜の花になっている。それを摘んで塩ゆでにして寿司の上に飾った。
葉先以外は醤油と砂糖で和え物にした。季節をささやかに味わう。
我が家のご飯には年中麦を入れる。黒米があればそれも入れる。
白米だけを食べることはほぼない。それに炊くのは厚手鍋だ。
昔はガス炊飯器で炊いていた。電気釜は何十年も使っていない。今は鍋をガスにかけて炊く。
20〜30分もあれば炊ける上に美味しいので、これが止められない。火加減も難しくない。
沸騰すれば弱火にして数分間放っておけば良い。石油ストーブにかけることもある。
出かけていた夫が、夕方になって知人からチラシ寿司を貰ってきた。
こちらは具だくさんのおふくろの味的な美味しいものだった。頂き物も有難い。
◆図書館で借りた本2冊の読書。
▼「大黒柱マザー」小島慶子・双葉社・2014年12月第1刷発行
〜夫が仕事をやめたから、一家で海外に引っ越してみた!〜
著者は1972年オーストリア生まれ。学習院大学卒業。元TBSのアナウンサー。
「解縛」では個性的な人物だと感じたが、過酷なほどの様々な経験をしている。
摂食障害、次男出産後の不安障害(33歳)、親や姉との関係を見直す
(40歳になるまで会わずに過ごす)、カウンセリングと内省、その頃夫が仕事を辞める、
オーストラリアのパースに移住、現在は東京とオーストラリアを行き来しながら仕事をしている。
前著のようなやや被害妄想的な感じもなくなり、苦難を経て今は平安を保っている感じだ。
経済的には厳しいだろうが、人間の幅が一回り広がり、穏やかになったような感じだ。
忙しい日々の中で、一番充実した今を過ごしているのだろう。読者の我々も穏やかになれる。
「“48歳、彼氏ナシ”私でも嫁に行けた!」〜オトナ婚をつかみ取る50の法則」▲
衿野未矢(えりのみや)・文芸春秋社・2014年1月第1刷発行
著者は1963年生まれ。立命館大学卒業後、漫画の編集者を経て作家へ。
若い頃は結婚願望がなかったのに、45歳を過ぎたあたりから結婚を意識するようになり
活動を開始した。
結婚情報サービスやお見合いパーティーを利用したり、知人に紹介してもらったりした。
「独身で残っているのはダメ男ばかり」だと諦めたくはなく、
「結婚マーケットにエントリーしていない男性の中に福があると信じたい」と思う。
既婚女性にもたくさんの話を聞いた。社会人サークルへの参加などの経験を経て、
たどり着いた相手は新潟県魚沼在住の公立ホールの館長さんだった。結納は49歳の時。
東京での仕事もあるので、魚沼との二重生活になった。「地方への移住婚」だ。
新潟市の地元テレビ局の取材も受け、ニュース番組で特集された。
週刊誌や新聞、テレビ、インターネットニュースに取り上げられ、
女性誌には手記を書いた。そしてあの「新婚さんいらっしゃい」にも出たのだ。
遅い結婚だったが、オトナ婚ならでは良さを実感しているのが伝わる。人生様々だ。
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