美しく歳を重ねるために

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読書

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最近は、区の図書館での貸し出し本の読書がやや途絶えている。
予約本をを探す作業がおろそかになっているので、読書が途切れるのだ。
近くの公民館には読みたい本はあまりないが、それでも立ち寄り本を2冊借りて読んだ。
 
▼「明日は味方」ぼくの愉快な自転車操業人生論
直木賞作家が初めて語る「人生峠」を越える応援歌
山本一力(1948年生まれ)著・集英社・2013年6月第1刷発行
 
高知県生まれ、中学3年生で上京(住み込みで新聞配達)、ワシントンハイツで
アメリカ人の子どもたちと遊び英語を身につける、トランシーバー製造会社勤務、
18歳で近畿日本ツーリストに就職(10年間)、その後7つの仕事をやる
(就職雑誌の編集、グラフィックデザイナー・・)、自転車に凝る、
50歳目前に「蒼龍」でオール読物新人賞受賞、作家デビュー、
2002年「あかね空」で念願の直木賞受賞。
 
この人はコメンテーターとしてテレビで時々見る。何とも波瀾万丈な人生だ。
しかし、その一つ一つの経験が今の作家としての地位を築く基になっている。
平凡な生き方しか知らない自分には想像もつかない世界だ。今度は作品を読んでみたい。

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「神様のカルテ」夏川草介著(1978年大阪生まれ・信州大学医学部卒)・小学館
2009年9月初版発行・2010年2月第7刷発行▲
 
著者は長野県の病院で地域医療に従事、本作品で第10回小学館文庫小説賞受賞、
作家デビュー、2010年本屋大賞ノミネート
「神の手を持つ医者はいなくても、この病院では奇跡が起きる。」
「夏目漱石を敬愛し、ハルさんを愛する青年は、信州にある<24時間、365日対応>の病院で、
今日も勤務中」
「患者に心を寄り添わせてくれる医師の言葉には、先端医療にも匹敵する治癒力がある」
 
櫻井翔主演で映画化され一時期かなり評判になったが、私には映画も本も縁がなかった。
今頃になって偶然見つけて読んだのだ。原作を読んだので、機会があれば映画も見てみたい。

何とも感動的。医者であり作家と言えば「チームバチスタの栄光」の海堂尊がいるが、
あの作品はミステリーでもあり、内容の傾向は全く違う。
それに、夏川医師のように今まさに医療の現場で悪戦苦闘している作家は珍しい。
 
医者の世界の厳しい現状の中で苦闘する青年医師。
患者に対する日々の中で様々な人間模様が描かれる。

その中で、余命少ない老女・安曇さんの最期の場面に涙する。
医師として延命措置を「患者本人の意思に反して、家族や医療者たちの勝手なエゴ」という。
「死にゆく人に可能な医療行為をすべて行うことを、真剣に考えねばならない」
「助からぬ人、寝たきりの高齢者や癌末期患者に行う行為。・・現代の驚異的な技術を持って
すべての医療を行う行為は、本当に“生きる”ということなのか?」
「なすべきか、なさざるべきか・・・。」
穏やかな安曇さんの横顔を見て、無理な延命をせずに見守ることにするのだ。
この場面から、延命治療の意味、あるべき姿を知った。
 
■昨夜はテレビドラマ「天皇の料理番」で、
主人公の妻俊子(黒木華)が亡くなる場面があった。こちらも涙なしには観られなかった。
 
人の死について考える日となった。

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先日、公民館に行った時に、図書コーナーにあったものを見つけて借りた本2冊。
 
▼「娘と私のアホ旅行」佐藤愛子著・集英社・1980年11月第1刷発行
non・no1979年7月号〜1980年9月号まで連載
 
56歳にして初めて外国旅行に行ったその記録。大学生の娘とカメラマンが同行。
飛行機のトイレに入ることができないため、一気にヨーロッパに行くことができない。

そこで、東京→バンコク→デリー→アグラ→カイロ→アテネ→ロードス島→ローマ→
フィレンツェ→ベニス→ロンドン→東京のルートで小刻みに進んでいく23日の旅。
費用はノンノ編集部持ち。帰国後、旅行記を連載している。
 
行く先々で出会った人々に、何とも面白いあだ名をつける名手だ。
佐藤さんの本を読んだのは初めてだが、とにかく面白い。
この作家はこんなに面白い人だったのかと、今まで読まなかったことを後悔するほどだ。
 
佐藤さんは1923年生まれで、今年で92歳になる。
1968年に「借金から身を守るための偽装結婚」という夫の説得で離婚。
旅に同行した一人娘は1988年に結婚、それ以後一人暮らしをしていたが、
1994年には2世代住宅を新築している。

借金返済のため、テレビ出演、全国の講演にと飛び回り、戦後の世相の乱れ等を厳しく批判する言動ゆえ、父同様「憤怒の作家」として知られ、一時「男性評論家」と呼ばれていた時期もある。
小説のほかにも、身の回りの人物や事件をユーモラスに描いたエッセイを多数執筆。
「娘と私」シリーズ等が知られている。近年は自身の心霊体験に基づく著作も多い。

最近では老いに関する著作も目にする。機会があれば読んでみたい。

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「ワガババ介護日誌」 門野晴子著・海竜社・平成10年1月第1刷発行▲

「介護」という文字が目に入って借りた本だ。著者は1937年、東京は浅草の生まれ。
江戸っ子特有の威勢の良い物の言い方に、私はややついていけない感じだ。

著者のもの言いももちろんだが、その母親もさらに上を行く。そして娘も同じだ。
母親のことを「あんた」と言い「・・だろうが」というセリフを聞いて、息子の言葉だと思ったら娘だった。

とにかく元気の良い女3世代で、介護の暗さも吹き飛ばしそう。
しかし、私は何ともその口調にはついて行けないのだ。口が元気が良すぎる。

著者は、子育て時代には学校教育や受験戦争のことを書き、その後は介護のこと、
今はアメリカに住んでいる娘の子どもたちの関係から自閉症などの障害について書いている。

教育評論家、ノンフィクション作家。著書はドラマ化や映画化もされているのを知らなかった。
結構有名な人なのだ。
商社勤め、専業主婦を経て、様々な市民運動に参加。
奈良県に転居後は話し方教室の講師を務め、フェミニストセラピィ「いかるが」を開設。
1989年には「ちきゅうクラブ」から参議院比例区に立候補するも、落選した。

寝たきり婆あ猛語録 NHK連続テレビ小説1998年度前期「天うらら」原案。
「星の国から孫ふたり」バークレーで育つ「自閉症」児 ※2009年に映画化。


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イメージ 1全くダメな英語が1年で話せた!
アラフォーoL Kayoの
「秘密のノート」

重盛佳世著・マガジンハウス
2013年1月第1刷・7月第10刷発行
 
新聞広告で見つけた本。
「とことん初級編」「第2弾!」
シリーズ累計15万部突破!

題名も興味を持ったが、広告文も目を引いた。
 



「オリジナルの図表やイラストがいっぱいでわかりやすい!」
イラストは著者自身が書いている。美大を卒業しているのでお手のものか。
 
1969年生まれ。大手スポーツアパレルメーカーを40歳目前に退社して英国留学。
その留学中に作った授業のまとめノートなのだ。
自分自身のためになったのはもちろん、学校で友人や先生たちにも評判になったのだとか。
1年間の留学後、このノートを編集者に見せたところ絶賛されて出版に至った。
 
留学中のエピソードもあちこちに書かれているが、主には英語の内容がほとんどだ。
だから、ざっと読んでおしまいという訳にいかない。何度も繰り返し読むと役立つ。
 
何よりも筆者自身が苦労した英語の使い方を、まとめてあるので、生きた英語だ。
アメリカ英語とイギリス英語の違いや、単語の微妙な言い方の違いなど一番知りたいもの。
英語の勉強をしていても、どう違うのかが分からないことが多い。
 
hearとlistenの違い、see、look、watchの違いは学校でも習ったが

Veryの強弱を程度の低いものから表すと・・・
little⇒not very⇒a little⇒a bit⇒fairly⇒quite⇒rather⇒pretty⇒very⇒really⇒incredibly⇒extremely⇒so  となる。
 
これからも暇々に読み進めていきたい。
 
■昨日は年金請求の書類作りにかなりの時間を割いた。
少し前に来ていた書類だが、誕生日を過ぎてから提出するもので暢気にしていたが
その誕生日も過ぎ、そろそろ取りかからねばと重い腰をあげて作りだした。
 
このような書類は結構面倒だ。なんでこんなに複雑に書いてあるのだろうと思うほどだ。
細部には分からないことも多く、途中で年金機構へ電話をかけて問い合わせる始末。

添付書類もいるので出張所へ取りに出かけ、「住民票コード」なるものを初めて見た。
手数料を払おうとすると「無料です。」と言われた。
年金申請に提出する時には、証明書の請求手数料が無料になるというのも初めて知った。

何しろ初めてだらけのことなので、分からないやら驚くことばかりだ。
どうにか仕上がって一安心。


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イメージ 1「英国一家、ますます日本を食べる」
マイケル・ブース著・寺西のぶ子訳・亜紀書房
2014年5月発行
 
なかなか面白い本だった。
著者はイギリスのトラベル・フードジャーナリスト。

日本に興味を持ち、鋭い観察眼で日本の食を見つめる。
時には皮肉やユーモアも交えてピリ辛な批評もあるが
(これがまた面白い。腹をかかえて笑う場面あり)、
心底から日本の食べ物に感動している。
そして旺盛な好奇心にあふれている。
 
「13・フグに挑戦―下関・ふく」では、
ふく祭りのどさくさまぎれに
キモのかけらに触って、その指をなめたりしている。

2人の男の子と奥さんと一緒に、日本中を巡る食の旅が楽しく描かれる。
 
日本人以上に詳しい解説に驚く。これだけの深い説明がよく書けるものだ。
どういう取材方法をしたらこれだけのものが書けるのか、不思議なほどだ。
 
後で気づいたのだが、これは人気を博した本の第2弾だった。
本のタイトルに「ますます」が付いていることの意味がわからなかった。
 
その前著は2013年4月に発行。家族で3ヶ月間北海道から沖縄まで旅をしたのだ。
この第2弾は、第1弾で書ききれなかったものを追加したもの。
 
家族旅行の7年後の2014年に、テレビ「新報道2001」での取材旅をした。
またしても家族での2週間の旅だったのだ。

「このすばらしい旅行で、僕らは4人とも、
日本、日本の人々、日本の食べ物への深い愛情を再確認した」のだ。

「僕にとって、日本語版の2冊の本は、
生涯をかけて日本文化を探求したいという夢の実現の始まりでしかない。・・・」
 
◆『ネットで「つながる」ことの耐えられない軽さ』
藤原智美・文藝春秋・2014年1月第1刷発行イメージ 2
 
著書の藤原さんは1955年福岡生まれ。
「運転手」で文壇デビュー後、芥川賞を受賞している。
『「家をつくる」ということ』『暴走老人』など
ノンフィクション作品もベストセラーになる。

『家・・・・』は以前読んだが、
深みのある文章に感動したことを覚えている。

「“ネットことば”が主流になれば文学は消えていく」
「ネット時代の到来で書きことばの根幹が揺らいでいる。
それは国家の揺らぎであり、経済の揺らぎでもあり、
社会の揺らぎでもある」
と藤原さんは言う。
 

「いまは数百年に一度のことばの転換期」「読み書きよりもトークの時代」
「ぼくは紙とインクの<書き言葉人間>」「新聞が終わり近代も終わる」
「英語が世界語になる」「ネットことばには勝てない」「ネット時代が学校をなくすかもしれない」
「短文化が進む」「紙とインクの力」・・


あとがきには
「これから<ネット断食>に入ります。しばしネットから逃れて<読む書く考える>だけの時間を
過ごしたいと思います」で終わっている。
 
「ことばの歴史、社会学など多岐にわたる視点で論じ、ネット文化に継承を鳴らす本書。
一読の価値あり」という書評文も新聞で見つけた。
 
身の回りにもやたらとカタカナやひらがなが増えている。「軽薄短小」化していく日本語。
著者ならずとも、私も今後の日本語の変化に憂い、危機感を持っている。

そういう自分もネットの利用抜きでは現在の生活はあり得なくなっている。
ネットをうまく活用し、ネットの波に飲まれないようにしたいものだと自戒する。

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最近また読書づいている。図書館で予約した本が、一度に何冊も手に入ったからだ。
ベストセラー本などを予約すると、皆が一斉に押し掛けるので何百人待ちになる。
そうでない本で自分が予約の1番だったりすれば、ほどなく準備が出来たという連絡が来る。

 「アンデルセン物語」〜食卓に志を運ぶ「パン屋」の誇り〜 
一志治夫著・新潮社・2013年7月発行

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アンデルセンと言っても知らない人はいるかもしれない。広島のタカキベーカリーだ。

東京青山にも店があるので知る人ぞ知る店だ。
全国的にはアンデルセンという店でパンの販売をしている。

ウィキペディアによると・・・

◆◆「株式会社タカキベーカリーは、広島市安芸区中野東に本社を置く製パン会社である。
一般には「タカキ」、「タカキのパン」で知られている。また、アンデルセングループとして、
全国にアンデルセン、リトルマーメイドを展開している。
社名は創業者・高木俊介に由来するが、「タカギ」とは濁らない。

19488月創業者の高木俊介夫妻と従業員2人で、現在の広島市南区比治山本町で開業する。
195112月に株式会社タカキのパンとして法人化。195212月に本通りの現在のアンデルセンの反対側にパンホールを開店した。19622月に現在の社名になるタカキベーカリーに改名。

1967年に被爆建物の三井銀行広島支店を買い取り広島アンデルセンを開店した。
1972年よりフランチャイズ店舗リトルマーメイドの展開し、40年間で約370店舗になる。

20024月にグループ名をアンデルセングループに改名。
2003年に子会社の新・株式会社タカキベーカリーを設立して、
持株会社・アンデルセン・パン生活文化研究所と商号変更している。」◆◆
 
■私は、かつて2度ほどこの会社の見学を兼ねた企業訪問の催しに参加している。
1999年に、冷凍パンシステムの拠点である千代田工場の見学をした。
さらに2012年には、岡山工場の見学をした。
その時に色々な話を聞き、資料もたくさん貰ったのだが、多くは処分しているのが残念だ。
 
◆今回この本を読んで、より一層カタキベーカリーのパンのことが分かった。
1948年夫婦と従業員2人で始めたお店が、今日8000人もの人が働く会社になった。

パンというより、半世紀以上にわたる夫婦の生きた証の記録でもある。
創業者・高木俊介の妻・彬子の生き方が中心に描かれている。
高木彬子さんは1925年9月生まれ。今年で90歳だ。
夫・俊介さんは2001年に83歳で亡くなっている。

夫は経営面、妻は広告営業面を担っていた。夫が掲げた理想を、妻が具現化していった。

夫は「とにかく美味しいものをつくろう。みんなに喜んでもらおう」ということだけを描いていた。
クウォリティーベーカリー」(価値あるベーカリー)を目標としたのだ。

夫婦共に先見性があり、目先のことより遠い先を見据えていた。
パンの本場ヨーロッパにも何度か出かけ、従業員教育にも惜しみないお金を費やしている。

ヨーロッパ各国訪問で、デンマークのペストリーの傑出した味の出会いに衝撃を受ける。
3年後に日本初のデニッシュペストリーが商品化されたのだ。
 
冷凍パンの特許を開放し他社が自由に使えるようにして、パン業界の発展に寄与した。

今では当たり前のトレ―とトングを持って客が自由に選ぶセルフ方式を作ったのもこの店だ。
私がドイツに行った時、パン屋では対面式販売ばかりだったのが不思議に思ったくらいだ。
 
2008年にはコペンハーゲンに初めて支店を作っており、
広島県北広島町に広大な研修施設「100年農場」を作っている。
 
この本の最後はこう締めくくられている。

「・・ふたりが抱え持つスピリットが強靭でエネルギーに充ち満ちていたからである。
商人としても揺るがぬ哲学を持っていたからである。
アンデルセンの魂は、そんなふたりの原点にこそ宿っている。」

パン一筋に懸命に生きた夫婦の逞しいまでの生き方がそこにはあった。感動する話だった。

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